週刊てーて ひらく農園から
「仕事を増やす」
お茶碗を洗っていて思うことがあります。油ものを食べたあとの皿には油分がたくさん残っていますが、そのお皿を重ねて台所に持っていけば、お皿のそこにも油分がこびりつき、洗う手間は増大します。合成洗剤を使っていた二十代前半の頃にはなんとも思わなかったことですが、洗剤をほとんど使わない今は、非合理に思えてもお皿を重ねないで何回かに分けて台所に運んでいます。油分のついたお皿を流しに置いておき、油分の少ないお茶碗などを先に洗ってその時のほとばしる水圧でお皿の油分を少しでも流しとってからお皿を洗うという工程です。流れ出た水はちーち畑へいくことになります。
そこから連想したものは、無駄な仕事を作っておいて仕事を増やすということが現代においていかに多いかということです。農業での代表例は、化学肥料を施しておいて土壌を混乱させておいての農薬使用です。どちらも戦争というものの副産物といえるでしょうけれど、生産拡大というお題目のもとに一挙に農業の「あたりまえ」を作り出すことに成功しています。こんなに無農薬ということが認められてきたように思える時代においても、農民のほとんどは「無農薬で野菜が作れるか!」と思っているのですから、前述の成功者のからくりは壮大なものであったことがわかります。もともとは有機物をうまく循環させて作物を育てるというスタイルが農民のあたりまえであったはずであるのに。
山を切り崩して保全水を減らし、ダムを作って渇水対策にもなるという論理にも、非生産的な無駄を感じます。人間には、「無駄を重ねて年をとる」という側面がありますが、その場合には、生産的な無駄を積み重ねるのですから意味が違ってきます。山々の木々が、平地で暮らす僕らを守ってくれていることを忘れてはならないのです。それを忘れた都会の人間が机の上で、雇用の確保というお題目を唱えてダム計画を練るのでしょうか?合成洗剤のように強力な分解力で油なんかヘッチャラさ、山は削ってもパワーショベルでどうにでもなるさ、というわけでしょうが、その再生に十年、百年とかかることをあまりに軽視しすぎています。
丁寧な諸作業というものが、結果的によい意味での仕事を増やすことにつながるのではないかなという印象をこのごろ持っています。農業を丁寧に営むこと、山を丹精込めて手入れすること、もちろんお茶碗を丁寧に洗うことも。生産するという味わい深いことに時間を費やす楽しみは、いつも身近に存在します。
2002年9月26日 寺田潤史
↑大根畑↓ |
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↓雨の直前に機械植えされた白菜。 播種後20日と、定植適期ぎりぎりで植えられた。 |
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今週の野菜
野菜 玉葱 |
播種日 2001/9/302000/1/25 2001/8/26 2001/9/20 2002/2/26 2002/7/17 2002/7/17 2002/1/30 2002/3/17 1999/2/1 2002/1/30 2002/1/30 2002/3/1 2002/3/15 2002/1/30 2002/2/23 2002/3/18 |
品種 七宝甘70スーパーグリーンベルト 味九条 遠州早生 黒種衣笠 グリーントスカ たから地這 自然発芽 黒潮 スターライト 自家採種 ウェルカム 京みどり つばきグリーン 白栗 自家採種 セニョリータ 男爵 寿 |
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