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「2004年も淡々と」

 どうにかこうにか年を越えて、新年のお屠蘇はやはりいいものだ。元旦の挨拶に、母親と兄貴が住む家を訪れ、お雑煮を食べてお酒を飲むという恒例の流れの中で、ふと思い出したのは鶏の餌やり。ああ、すっかり忘れていた。鶏たちがおなかを空かしている。あわてて家に戻って作業服に着替えて鶏小屋へ行く。水をやって、餌をやって、鶏舎の掃除をするという一連の作業に、正月気分はすぐに消えた。

 元旦だってウンチの始末をするのは、動物を飼う人や病院、赤ちゃんや老人介護などでは当たり前のこと。ああ、そういえば、去年の正月はまだ鶏はうちの畑には存在していなかったのだと、腑に落ちてしまった。十一ヶ月ほどのほぼ毎日を鶏舎に通っても、そう簡単に板についたとは言えないということだ。年が変わるたびごとに思い出すのは、水平社宣言を起草した西光万吉氏の言ったとされる「年が代わったとしても僕たちは何一つ変わっていない‥‥」というような言葉だ(失礼、手元に書籍が無くて正確な言葉を思い出せない)。年が明けておめでたいといっているのは当然のことながら、人間の世界の一部で、鶏はそんなことは関係なく、おなかがすいたと鳴き、餌を持って近寄れば僕の後を追ってどこまでもついてくる。どんな動物も草花も木々も虫も海の中の生き物も、お正月なんて関係のないことだ。

 とはいえ、お正月という一区切りがなければ生きていけない生き物になってしまった人間には、時には浮かれることも必要なのかもしれない。昨日のことを情というレベルで記憶している人間には、昨年のことを昨年のこととして一瞬でも忘れることが次の一歩の重要な手がかりとなる場合が多い。忘れることはだめなことだと学校では教育されるようだが、何度でも恥ずかしいような行動をしてしまうことの多い人間は、忘れることを学んでいかなければならないのだ。いや、そうでなければ生きていけないくらいのものだ。お正月は、細かなことは忘れて、たとえば旧知の顔を頼りに過ごす時でもあるからいいものなのだ。

 旧知といえば、その際たるものが近親縁者の顔だ。その良く知った顔を訪ねた時、喜んでくれるものは、生きているものだけではない。生きているもの同士が集うだけで、ご先祖さんなどの死んでしまった者が大層喜んでいるに違いないのだ。死んでしまった者たちが、その風土の中に溶け込むかのようにして見守っているに違いない。だからこそ、この混雑極まりない民族大移動は平然と行われ続けているのだろう。交通機関がどんなに混み合ったところで、旧知の顔やご先祖さんあるいはその風土には些細なことなのだ。

 穏やかな天気で始まったお正月だが、昨年の大天候不順の再来は、今年もきっとくるだろう。そして今年も、おろおろとして僕たちはすべての天気を受け入れていくのだと思う。僕たちにとって大地の象徴は畑であり田んぼである。その大地に降りかかるものは、雨であり、風であり、陽の光である。時には雪も。その降りかかるものが多いか少ないか、あるいは続くか続かないか、もっといえば集中的であるかどうかで、お天気の印象はずいぶんと変わってくる。その違いを指して、「今年はお天気が穏やかでありますように」と祈ったりはしない。あるがままに受け入れるほかはないのだ。淡々と種を播き、苗を育てて畑に植え付けるということを今年もまた繰り返すだろう。その味わいを、僕たちは一番愛しているのだから。

2004年1月1日 寺田潤史


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