「厨房に入りてダシをとる!その三」
子供たちの間に、僕の作る味噌汁が浸透してきた。スープの感覚でとにかく味噌汁を飲んでもらうことが第一の目的なので、場合によっては味噌汁の具を食べきることができなくても、汁さえ飲みきってしまえばOKということもある。これで日に二度の味噌汁を当たり前の献立としたのである。
あいも変わらずに朝の味噌汁の具は人参と豆腐とわかめだ。それにダシに使った椎茸だ。夜寝る前の仕込みも、翌朝をパン食と決めた時(学校や保育所が休みのときはパン食がほとんどで、その時には僕か恭さんが洋風スープを作る)意外は毎日続いている。基本の調味料として仕込む一番だしと違って、味噌汁にはダシに使う素材を溶け込ませることを目的としているので、椎茸一つに加えて出し煮干しを四尾(静岡県新居町の金丸水産より購入したもの)と、昆布を一p幅に切ったものを四切れ、そして回転式鰹節削りを三十回手で回して(三十秒ででできる)削った鰹節、と四種を少量ずつ使っている。これだけのものを、家族七人分の二回の味噌汁に合う分量の沸騰させたお湯の火を止めて入れておくだけのことだ。朝になって人参と豆腐とわかめを入れる。朝は時間に余裕がないということもあるが、野菜を入れてしまうと夕食時に出す二回目の味噌汁までに汁の味が落ちてしまうという理由もある。これだけのことで、恭さんに余裕ができてきた。
厨房にてやりたいことが山ほどある恭さんにとっては、味噌汁を子供たちに飲ませることは重要であっても、味噌汁の味にこだわるという点においては味噌汁をそこまで重要な位置においてはこなかった。味噌汁を二回分仕込む役割を僕が担うことで、おやつのパンやクッキーを豊富に用意する時間を恭さんが確実に確保できることがストレスの少なさにつながっているようなのだ。そのかわりに恭さんのお城であった厨房に僕が入るので、徹底的に大掃除してしまうということにもなり、恭さんはうるさい小言を聞かなければならなくなってしまったが。
味噌汁を夕食にも食べるようになって変わったことといえば、夕飯の時間が早くなったことが挙げられる。五才の次女は保育所で昼寝をしていないので、夕方には眠くなってしまうことが多い。僕か恭さんが朝の味噌汁の残りに野菜などの具を入れるだけで、すぐに夕飯を子供たちに食べさせられることができ、食べさせ始めてから追加の一品を作って出すこともしばしばだ。これは、夜の野菜の仕分けと配達がある僕たちにとっては大きな変化だ。そして僕にとっては、疲れが出てくる夕方に、美味しくて暖かい味噌汁を飲むことで疲れが取れるひと時を過ごせることが大きい。この夕方の味噌汁のために、きっちりとダシをとって、ダシを濾しているのである。味噌汁嫌いであった長女も、二回の味噌汁を残さずにいやな顔をしないで食べられるようになった。また、朝、僕が子供たちを起こしながら朝ごはんの仕度をするようになったので、恭さんが四女におっぱいをあげながら保育所の支度をできるようになり、次女と三女を早い時間に保育所に連れて行くことができるようにもなった。そして、素性のはっきりした味噌汁をうすめて、生後一月の四女の口に入れてあげてもいるのだ。厨房に入ることで僕が変わり、皆も変わったということが嬉しいのである。
2004年4月29日 寺田潤史