「寒」
立春を間近にして、寒は極まっている。今朝も、朝ごはんを皆、納屋で食べた。薪ストーブがあるからである。これだけ寒いと、暖かいところに皆やってくる。薪も次々に減っていく。昨夕、電気のこぎりでザックザクと切っておいた薪が今日の夕方には底をついた。今夕も電気のこぎりがうなりを立てた。百姓というものは何でも屋だ。木こりにもなるし、製材屋にもなる。大工にもなるが、いずれもにわかである。五十も百も野菜を育ててみても、例えばキャベツの専門家になるわけではない。にわかではあるが、どれも大切な仕事だ。金を稼ぐばかりが仕事ではない。やらなければならないこと、あるいはやっておきたいことが際限もなく湧き出てくる。寒が極まったときは、木を切らなければならない。
昨日の夕方、トラクターに乗ろうとしたら、恭さんに止められた。こんな寒いときに!やめときな、ということである。それで、今日の午前中にトラクターに乗った。風も少なく太陽も出ているので暖かく感じた。が、一時間もトラクターに乗っていると、さすがに体が冷えてきた。トラクターに乗ることは、人間自体は動的に体を使う事が少ないので、囲いのない運転席ではじわじわと冷えてくるのである。無理しないでトラクターを降り、納屋で温まる。この一時間の間に薪が残り少なくなっていた。薪は焚きつけのときの細い枝のものと、半年以内に切った比較的新しくて太いもの、一年以上前に切った古いものを常備しておくようにしている。そのほかに火入れのときに使う松葉も集めてある。一時間くらいはほうっておいても大丈夫なように、古いものと新しいものを組み合わせてストーブの中に入れておく。納屋が暖まっていると、また外に仕事に行く気にもなる。一年中野菜が作付けできて収穫できるものがあるということは、寒かろうが暑かろうが仕事に出られる準備が必要なのだ。
新潟は記録的な雪であるという。雪下ろしというお金にならないことが重要な仕事になっている。ただ、通常の雪下ろしなら勝手もわかるであろうが、震災のあとでは、勝手が違って大変さがテレビ画面を通して伝わってくる。世界中、記録的な災害が止まらない。記録的な豪雪の中でも、七十歳を越えた老人たちが雪下ろしに精を出す映像を見るにつれ、自然の中で生きる人たちの力強さは、ますます伝わってくる。自分たちの建てた家あるいは住む家を守ろうとするその力強さは、生きていこうとする人だけが持つものだ。無職者の自殺が増えている世相であるが、自然と対峙して生きていこうとする人たちのエネルギーが、少しでもそういった人たちが生きている間に伝わればと思う。
人間というものは不思議な生き物である。寒が極まれば極まるほど、あるいはピンチになればなるほど、その前の極限の前くらいの状態がしのぎやすい状態にとって変わる。そして、前に行こうとするのである。逆に厳しい状態がない時間が続くと、迷いを生じる生き物と言ってよいだろう。現実には、その両方の状態を右に左にとするのだが、厳しい環境になってはじめて、その人の能力や生まれながらにして持つ宿命みたいなものが、にじみ出てくるように思う。そして、迷ったなら、迷わず「寒」の中に出て行って欲しい。
2005年2月3日 寺田潤史