「親父の命日」

　あの寒い冬がうそのように、寒さに凍えることのない日々が続く。納屋の薪ストーブに、火さえ入れていない。そして、あの乾燥した日々もまたうそのように、雨ばかり降るようになった。風だけは相変わらず強風が吹いていて、時に突風のような風が、東から西から吹く。西から吹く北風ばかりだった冬から、東や南から吹く風が雨を知らせ、雨がやむとまた西からの強風となるのだ。

　昨日は、親父の命日だった。親父が他界したのは三女がまだ〇歳の時だったから、三女の年齢がそのまま死んでからの年数となる。もう１０年だ。親父の命日だからと言って、特になにをするわけでもない。子供たちには、「おじいちゃんの命日だな」と伝えた。夕方、四女と一緒に配達に出た。道すがら、小学校一年生の四女と話す。
「おじいちゃん、会ったことがないから顔がわからない。私は、まだ生まれてなかったでしょ？おねえちゃんが赤ちゃんだったんだからね」
「そうだな、おまえは会ったことがないんだよな」と返す。
「おじいちゃんが生きていれば、家族がもう一人増えたのにね」
と、四女の言葉には含みがない。反対に、僕が親父のことを話す時には、何らかの含みなく話すことは不可能である。それが、四〇年間の親子関係、あるいは一族の関係であろう。

　親父が死んだって、親子には変わりはないし、日常の中で、親父の顔を浮かべながら、対話することもよくある。しかし、現実の親子関係はお互いが生きている間の、四〇年間だった。親子の情愛は続く。いや、先に死んだ人よりも、生き残った人のほうが、情愛を強くするのが常だろう。相手の悪い部分を見なくて済むし、良い部分ばかりが多く思い出として残る場合もあるから。

　人間社会を生きていくことは、大変なことである。きっと、親父もそんな思いをどこかで持っていたと思う。でも、親父は楽しみを常に見つけていた。そういう意味では、ポジティブさを周囲に振りまいていた一生だったかもしれない。親父が自動車教習所をはじめたときには、アーチェリーをやった。船にも乗って海に出かけたし、アマチュア無線もやった。飲めない親父が、酒に凝った時もあった。将棋は僕の方が上手になったけれど、囲碁は強かった。

　子供の時は、キャッチボールをよくやった。鶏を飼っていたので、ぬかがいつも米袋に入れてあった。そのぬかの中へ、野球のグラブを入れこんで、皮に油を刷り込んだ。そんな思い出は、モノクロの色調で甦る。モノクロでない思い出は、長女や次女、三女のおむつをよく替えてくれたことくらいかな？家事を全くしなかった親父が、晩年病気になって、彼女たちの面倒をよく見てくれたことは驚きだった。それらのことを、折あることに子供たちに話す。１０年前といえば、長女だってまだ４歳だった。子供たちは、ほとんどかすかな記憶が残っているか、会っていないかのどちらかだ。人間は、生まれてから死ぬまでがすべてで、その間に何をしたか、そのことによって、生きている人の中に何かを残していくのだろう。霊界というものも、生きている人間の世界があってこそのものだ。自分が何をするか、である。 　

2011年2月24日　寺田潤史

ジャムとお菓子の"杜屋"さん主宰「暮らしの菓音vol2」にギターで参加します。

バックナンバーへ

ご意見、ご感想、お問い合わせは、下記よりどうぞお寄せください。

★　ひらく農園の野菜の入手方法

☆　このページの最初に戻る