「丁寧に仕事をするよ」

　降って湧いたかのようなインフルエンザＢ型ウィーク。ほとんど家族みんながその洗礼を受け、ようやく１週間が過ぎた。雛祭りの頃から、僕もなんだかおかしくなり、週末を完全に寝て過ごした。配達の延期や休み、そして二日間の一人での収穫と配達、家事をこなし、今日は、何とか恭さんも起き上がって家事をした。僕は、完全に遅れた農作業を取り戻すべく、軽やかにじゃがいもの植え付けをしたのだが、８００ほどじゃがいもを植え付けたところで、へとへとになってしまった。病み上がりのからだは、思った以上に無理が効かない。寒風吹きすさぶ中の作業だから、余計に堪える。夜の種播きは中止とした。

　へとへとにはなったが、じゃがいもの植え付けはいいものだ。畝を立てて、切断した芋を畝の中へ手スコップで穴をあけて押し込み、土をかぶせる。畑を始めた頃は、これとて楽だった。砂地の畑に溝をきって芋を等間隔に並べていって、最後に土をかぶせて出来上がりだった。面積も少なかったから、ビニールなどのマルチフィルムをしなくてよかったし、土寄せもあっという間だった。今は違う。排水の悪い畑だから畝立てをしなければいけないし、作業が間に合わないからマルチフィルムもしなければいけない。でも、そこが作業に味を加えてくれる要因でもある。

　植え付けながら、いろいろ考えた。まず、病み上がりだから、からだが動く、それだけで何だかとってもありがたいし、嬉しいのである。どん底から這い上がったような心境だ。この畑で効率をよくしようとすると、からだに無理が来るし、作業が丁寧でなくなる。丁寧さと効率、これはＭ君を思い出させた。おまえといっしょに、この場所でじゃがいもを植えたなぁ、と思いだす。彼は、２年ほど前になるが、自殺した。理由はわからない。３年くらいうちの畑に通ってくれた。僕に怒られたい、まるでそのような理由でうちの畑に通っているような感じだった。

　今は反省している。彼を怒ることは、そんなに悪いことではなかったような気がするが、うちの畑へ彼が通いだしてから１年たったくらいから、僕は彼を自立させようとしてしまった。それが今は間違いだったと思う。彼はいろいろアルバイトを試したり、全国各地に修行に行ったりしたが、人となじむことができない性質だった。なぜかうちにはなじんだ。そして、うちの畑を離れて、半年後くらいに、自立しようと頑張ってみます、と言って自宅近くを開墾したらしい。あらたな師匠にも巡り合ったらしい。ところがその数ヵ月後に、突然自殺したのだった。

　彼に、じゃがいもの植え付けを指示すると、ものすごく丁寧に仕事をした、いくらなんでも時間をかけ過ぎだ、と言うと、今度は異常にスピードを重視しはじめ、丁寧さが影をひそめた。僕は、「丁寧だけど素早く仕事をするんだよ」と答えた。これも間違いだった。丁寧、それだけでよかったのだ。丁寧な仕事は、回数を重ね、時を重ねると、自然とリズムが出てきて、結果的に素早い仕事となることが多い。最初から、丁寧に早く、なんてできるわけがない。ギターだって、早いフレーズを弾くには、ゆっくりと弾くことから始めるものだ。

　病み上がりの僕は、あれは間違いだったと、Ｍ君に語りかける。ずっと、おまえとこの畑で一緒だからな、丁寧に仕事をするよ、と語りかけるのである。

2011年3月10日　寺田潤史

枝豆。

インゲン。

胡瓜。

スィートコーン。

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