「子猫狂想曲　その３」

　小学校５年生の三女が、野良猫から奪った子猫を育てた子猫狂想曲、そのエンディングはあっけなくやってきた。最後に残った雄猫「たーちゃん」も死んだのだ。しかし、その死の瞬間に、三女は不在だった。長女と恭さんがその最期をみとった。三女は、公園で遊んでいたのだ。

　ゴールデンウィーク、三女はほとんどどこにも行かなかった。いつもお泊りする、恭さんの実家へも行かなかった。子猫を育てているためだった。自分の意思で決めていた。友達と遊んでも、ほとんどうちで遊んだ。野菜の仕事が殺人的に忙しい時期でもあったので、僕たちもどこへも連れて行ってやらなかった。半日だけ、僕は高校の同級生と宴会をして休み、恭さんは四女と五番目の長男を連れて、半日だけ実家で過ごした。ゴールデンウィークにどこへも連れて行かないのもつまらないだろうから、三女と四女と長男を連れて、市内の公園に夕方出かけた。遊具で遊ばせて、僕は筋肉の疲れを進行させないように見守るだけだった、そして、公園から家に戻ると、「たーちゃん」は死んでいたのだった。

　その前の夜から、三女は、「たーちゃん」が弱っていることに気付いていた。でも、ミルクを哺乳瓶であげると、元気になった、と言って喜んでもいた。鳴き声は大きな声だった。僕が下の三人を連れて公園に行っている間、恭さんは夕飯の支度や風呂の焚きつけの準備をしていて、納屋のパソコンの前で、夕食の献立を考えていた。そこへ、長女が納屋に入ってきた。すると、それまで静かだった「たーちゃん」が鳴き声を上げた。大きな鳴き声だったらしい。恭さんが言うには、きっと三女を呼んでいたんだと思う、ということだ。母親としての三女を呼んだのか、それとも本当の母親である「とろい猫」を呼んだのか？そして、鳴きやんだところで、息絶えた。

　三女は、泣かなかった。一匹目が死んだ時には、涙を流した三女だが、今回は死を予感していたようだ。一匹目と同じ畑の一角に葬り、友達とお葬式をした。三女の夢は、突然やってきて、お試し期間を経て、実現したかに思えた。猫に触りたい、という夢だ。猫に触りたい、というのは、人さまの飼っている猫を触るということではなくて、猫が三女になついて触ることをよしとしてくれるような環境の中でのことである。それまで、三女は、野良猫を見つけては、追いかけまわし、いつも野良猫に触ろうとして逃げられてきた。餌で釣る、などという知恵を用いてこなかったのだから、それは猫だって警戒するのは当然だ。そして、降ってわいたように猫の赤ちゃんが突然三女の目の前に現れ、子猫狂騒曲がはじまったのだ。

　生命という、生まれて死んでいく時間の流れ、そのことを三女に垣間見せた狂騒曲だった。自分の願いと、住む世界の違うものの生命は、知恵と工夫をもってすれば、もしかするとつながれたのかもしれない。僕は、インターネットで調べたことを紙に印刷して渡しただけだ。例えてみれば、楽譜を渡したようなものか。あとは、三女が姉たちや妹、猫好きの友達を演奏家に選んで、タクトを振った。三女自らも演奏した。ただ、あまりに知識や技術の乏しい中で、楽譜も見ないで、行き当たりばったりに演奏したようなものだろう。思いだけでは成し遂げられないことも、学んだのだろうか？猫の生命と引き換えに…。

2011年5月12日　寺田潤史

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