「高校受験　その２」

　世の中には、ラッキーと思ったことが、知らず知らずのうちに泥沼への入口だということがよくある。自分たちでは推し量ることのできないような出会いが突然やってきて、自分たちの意思を引き出してくれるような瞬間だ。ところが、そのことが長いトンネルに入るきっかけにもなりうる。ラッキーと泥沼化も紙一重であるということだ。

　通常、経験のない者は、ラッキーと思ったことが泥沼の入口であることがわからずに、どこまでも進んで気がついた時には泥沼の真ん中にいる、ということが多い。しかし、人間の経験を積んだ者が、泥沼の入口かもしれないけれどあえて突き進んでやろう、と思った時には、注意深さと強い意志とあきらめが混在することになる。

　回りくどいことを書いたが、長女の高校受験のことである。簡単に言えば、音楽の道に進むことは、お金がかかるということで、お金をかけない方法は限りなく狭き門であるのだ。その道をあえて進ませるのか？自問自答する日々だ。この頃の高校は、大学受験の予備校化が進んでいる。芸術関係の高校も然りである。国公立の大学以外では、とてつもなくお金がかかる。医科大学ほどではないにしても、お医者さんになってしまえば元が取れるという世界と比して、音楽で飯を食う人は一握りだ。つまり、見返りが少ないのにお金をかける、それが音楽大学の持つ一つの側面だ。お金持ちの子女ならそれもあり、ということか？

　ほんの一握りの人を選抜するために、多くの出資者を募る、それが世の中の仕組みなのかもしれない。一握りの人になるためなら、夢破れたとしてもそれもまたよし、ということか？余裕がなくてはできないことだが、余裕がなくても子供のためならと思う親は多い。長女の高校受験から、そんなことを夢想する。これらのことは、親の世代が思うことであり、当事者たる子供は経験を積んでいない者であるから、暗中模索の中かもしれない。

　僕の本音は、まさか娘が音楽受験を選択するとは思わなかったし、音楽をライフワークとする者として応援したい気持ちは強い。僕はクラシックも少し学んだが、根本的にはロックやジャズの世界に近いので、クラシック音楽のアカデミックな世界を知らないに等しい。知っていることは、基礎練習の大事さと、その反復練習を楽しむことができるかどうか、そして、その先の表現する意思である。そこまでいけば、やりたい人がやりたいことをやればいい、ということになる。

　ただ、今年の震災で、僕の考え方も影響を受けた。もし津波が来て、たとえば長女が死に直面したとしたら、やりたいことをさせてやりたかった、と考えるだろう。たった一度の人生だから、無難に高校へ進むよりは、意思があるなら意思を通した方がいいだろうな、そういう気持ちになった。たとえ、高校受験や大学受験に失敗したとしても、どんな仕事でもいいから仕事のできる人間になればいい、と思う。どんな仕事をしたって、音楽は残る。基礎をしっかりやっておけばおくほど、音楽は長く生き続けるものだ。世の中の仕組みとは別に、音楽はあくまでも音楽であるところが、人間の特質の良い部分の一つである。泥沼の入口は、人間世界の大人側の入口であって、音楽自体は、その人の中にしか存在しないものなのだ。

2011年7月7日　寺田潤史

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