「Corazon Libre」

　メルセデスソーサの最後のアルバムになった「Corazon Libre」を聴いている。この２００９年に７４歳で亡くなったアルゼンチンのフォルクローレの女性歌手は、実に良い声で力強く、情感を伝える歌い手だ。良い声というのは、ホイットニーヒューストンのような声ではなくて、味わいの深い声のことである。音楽を感じさせる声、というべきであろうか？僕は１９９０年代にこの人の歌をよく聴いていて（小室哲哉の作るような曲が日本で流行していた頃、僕は帰農したばかりで、テレビメディアなどにかかわりのない生活を送っていた）、近年亡くなったのは知っていたが、昔の曲をこの頃聴いて、晩年の歌声を聴いてみたくなったのだ。

　話は変わって、携帯電話を変えた。iPhone4sに機種変更した。ここ数年、パソコンを新調することもなく、久しぶりに慣れない機械と格闘した数日間だった。iPhone4sは携帯電話というよりは、ほとんど携帯パソコンのようなものだ。しかも、最先端を行こうとしているappleのものだから、新しい機能も満載だ。僕の兄貴がapple大好き人間なので、わからないところは兄貴に訊きながら、何とかだんだんに慣れてきたところだ。

　今日は、同級生の子供であるＴ君のギターレッスンが休みになったので、日課である長女のソルフェージュに付き合ったあと、ギターを弾いていた。途中でメルセデスソーサを聴きたくなったのである。パソコンに向かってiTunesでアルバムを購入して、iPhoneに曲を入れた。ついでに、パソコンとiPhoneの同期を試した。パソコンのOutlookを利用して予定表に出荷予定を入力すると、iPhoneにも即座に反映されるのだ。反対に、iPhoneのカレンダーに予定を書き込んでも、パソコンに反映される。いわゆるクラウドである。そこには、使い勝手のよさがある。

　今までは、仕事の予定は、Excelを利用して、自分でつくったカレンダーに予定を書き入れていた。部屋のパソコンと納屋のパソコンでは、同じデータを共有できる。しかし、外出先や畑で携帯電話に連絡が入って、予定を確認しようとしてもできない。予定をあちこちに書き込んでいる余裕などないし、それを統合するのも大変である。予定だけならアナログもいいけれど、出荷作業には印刷も必要だし、記録も必要である。お客さんの要望はすべてパソコンの中である。それらを統合すれば、使い勝手のよい日常ができる。

　それはいい。僕の良いなと感じるものは、日常の中のアナログ性にある。野菜や草の手触り、ギターを弾くという筋肉運動にともなう心の研磨、野菜料理を食べる食感、娘のホルンやピアノあるいは歌声という人間による空気の振動、そしてそれらへの内面への波及効果、連れ合いの恭さんのミシンの音、などなど。挙げればきりがないが、デジタルの世界でいうところのコンテンツとは、アナログの世界をデジタルに置き換えて記録したものが多くを占める。デジタルの世界の良さは、メルセデスソーサのような音楽を、瞬時に自分の中に取り入れることができることにある。「Corazon Libre」はフリーハートと訳されるのか、自由な心、あるいは自由の中心、というような意味か？このような音楽を聴くと、強く前に進もうという気持ちにさせられる。僕の周辺にある使い勝手の良い日常は、心の中心とはならないのだ。

2011年12月1日　寺田潤史

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