「変わる時」

　毎朝、４時５０分に起きて長女を起こす。恭さんが前夜に仕込んでおいた味噌汁の出汁に火を入れ、ヤカンに水を入れ湯を沸かす。恭さんを起こして、紅茶を入れる。恭さんは、朝食と長女の弁当の支度をする。僕は洗濯物を集めて洗濯機に放り込み、パソコンの電源を入れ、番犬のムーンに餌をやる。紅茶を恭さんのカップに注ぎ、自分のカップにも注いで、納屋で紅茶を飲む。

　仕事が押していると、そのまま畑に直行することもあるが、通常は、パソコンで今日の予定を確認しながら、ウェブサイトの管理もする。そうして、また紅茶を飲みながら、ギターを取り出す。ギターの訓練と同時のリズムトレーニングで自分をいじめるが、それが心を開放してくれる。何となくいつも決まったような日課であるが、それはそれで朝の味わい深さを感じてよい。

　長女は、７時過ぎからの学校でのホルンの朝練習のために、規則正しい生活をするようになった。６時２７分の電車に乗るために、６時前には自転車で家を出る。高校生活は、やりようによっては、よい修行の場となることを、僕は今になって教わったような気がする。僕の高校時代は、７時４５分ごろまで寝ていたと思う。７時５０分に家を出て、必死で自転車をこいで、８時２０分頃に学校に着いたんじゃなかったかな？毎日のように、友達のところで麻雀をしたり、喫茶店でたばこを吸ったり、一生のうちで一番遊んだ時期だったのが高校時代だ。そんな僕が、ハードな毎日の長女を励まして応援していたりするのだ。

　友達は言う。自分たちがさんざん遊んだんだから、子供に遊ぶなとは言えないだろう？と。それはそうだが、遊んだ時期があるからこそ、やりたいことは何だ？と聞くエネルギーになっているとも言える。具体的に言えば、長女がホルンで国立大学に行きたい、という強い意志を示したのだから、それなら最低このくらいのことはしないと無理だよ、と言うことができる。それはそうだ。この３年間で、全国で数本の指に入るような実力を示さなければいけないのだから。僕らの高校時代に、そんな明確な目標を立てていた人を知らない。自分の子供をほめているわけじゃない。長女を追い込んだのは、僕たち親の不徳のせいだが、結果的にハングリー精神を発揮させざるを得ない状況だ。

　長女の中学の同級生では、柔道をやるために遠距離通学をしている生徒もいる。６時２７分の電車は、やりたいことの明確な人を乗せるのかもしれない。また、同じく同級生で就職した子もいる。その子の家には、仕事先から朝５時半頃には迎えの車が来るらしい。仕事の意欲にあふれて、親御さんのほうが嬉しそうである。人が変わる時、周囲にいる人間は嬉しくなってくるものである。人が変わる時、周囲の人間は応援したくもなる。人が変わる時、本音を言える環境を作ってあげよう。本当の自分を表現できる時、本人は心から嬉しいし、楽しいと感じるはずだ。

　我慢するのは、人との比較であり、待遇である。それらは、どうでもいいようなものだ。我慢してはいけないのは、自分の心からの欲求であり、伸びようとする心だ。この空の下に、自分の思いを解放しよう。雨の中に、自分の悲しみを解かそう。人が変わる時、誰かが必ず応援してくれる。そう信じることが、自分を信じることにもつながる。

2012年4月19日　寺田潤史

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