「遥かなる有機野菜の縁」

　高校時代の同級生の女性から、突然メールをいただいた。「ファーマーズマーケットで野菜を見つけました…」そんなメールである。びっくりした。３３年ぶりの再会、というのは同窓会などでよくある光景である。再会ではなく、野菜を通じてのお便りである。電話番号でメールができる時代になったからこそ、のことでもある。

　メールで、有機野菜への熱い思いを聞かされて、ふと思う。誰が、３０数年前に僕が有機農業をやるなどと想像できたことだろう？だいたい、自分が有機農業の世界に入ると決断して東京を離れたのが、２９歳である。そこまでで、高校時代から数えてひと回りの世代だ。有機農業を始めて、ふた回りに近くなったのが現在だ。誰が、彼女が有機野菜に魅かれる女性になると、高校時代に想像できたことだろう？

　彼女には、高校時代に、唄を歌ってもらった。女性に自作の唄を歌ってもらった最初である。どうして彼女に歌ってもらうことになったのか、つたない記憶をたどれば、彼女の友達を好きになって（のちに簡単にふられているけれど）、頼んでもらったのだと思う。おお、こんなことを書いていいのだろうか？これ、嫁さんにも言ったことがないような気がする。そして、彼女に電話をして、歌のＯＫの返事をもらった（と思う、これもはっきり覚えていない）。何となく覚えているのは、１０ｋｍ近く離れたうちまで、二人に来てもらって、ピアノを録音したり、唄を録音してもらったりしたことだ。それすら、おぼろげである。

　あの時、二人はどうやってうちまで来たのだろう？お嬢様たちらしくバスを使って来たのだろうか？それとも、自転車をこいできたのだろうか？彼女たちは、何と言ってお父さんやお母さんに告げて、家を出てきたのだろう？もし今、うちの娘が、男２人を家に連れてきたならば、自分がどのような態度に出るだろうか？と勝手に飛躍したりもする。若い時代の記憶を、僕自身は失くしていることが多い。飲み会などの席で、僕に思い出させてくれるのは、大抵友人たちである。

　野菜を通じて、この３０数年がよみがえる。自分の越し方を振り返る。皆、それぞれの人生だ。不思議なことは、同級生は同級生なのだ。同じ時代を共有した人。同じ時代を共有した人は、共有していなかった離れていた時代をも共有しているかのようである。時は、同じように流れてきたのであるから。ただ、各家庭の中で、違う世界を身にまとっているのも事実である。いや、決定的に違うものを身にまとってしまってはいる。

　違うものをまとってしまった個人が、今回のように、たとえば有機野菜でまた導かれることがある。それは、いったい、どのような縁であろう？一過性の縁であろうか？一過性の縁というものが存在しないとすれば、その時の役割を背負った縁というもの、といっていいかもしれない。あるいは、未来へと繋がっているのだろうか？有機野菜というものに思いを強くする人が確実に存在し、野菜を通じてその人の人生そのものに関わることもあるかもしれない。そして、有機野菜の安心感と同じように、同級生の安心感、そのようなものが存在するのも事実である。男女を超えたところの信頼関係が、遥かな年月を超えて存在する。

2012年4月26日　寺田潤史

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