「僕たちのオキテ」

　２９歳で帰農して２２年あまり、結婚して１８年目を迎え、相変わらずに畑で忙しい日々を送っている。ここ数年は、研修生も入れずに、夫婦二人ですべてを切り盛りしている。いったい、僕たちは畑で何をしているのだろう？ただただ、働いてきた、それだけのことではあるが…。

　慣行農業の生産物は、見た目を気にする。気にするのではない、見た目第一なのである。見た目第一は、農薬の使用を前提とするような世界を作り出した、と言っていい。そして、規格も決められた。大きさのそろわない野菜は規格外扱いとなる。だから、大きくそろって生育するように、化学肥料を奨励してきた。その名の通り、野菜なら野菜を化けさせる肥料である。もし、人間の子供にも規格を適用するようになったらどうなるか？毎日同じものを同じ分量だけ食べさせ、同じ考え方を強要していけば、同じような人間が同じようなサイズで育つかもしれない。馬鹿げた話だが…。

　有機農業の野菜は、見た目を第一としていない。虫食いの葉っぱだってあるからである。畑での生育期間が長くなればなるほど、虫には食われやすくなる。畑での生育期間が短いならば、虫食いが少なく野菜は小さいままである。畑での生育期間は、何日と決まっていない。生育適期すなわち、その野菜に必要な温度や日照時間の確保できる時期であれば、比較的少ない日数で生育する。今年の春の低温のように、予期せぬ気温が続けば、野菜は育ちにくい。

　僕たちが収穫時に何をしているか？野菜を調整しているのである。これに莫大な時間をかける。これが、僕たちのオキテである。昔、冬に白菜を収穫している時、近所の工場に勤めるパートの主婦が僕に行った。「そんなに葉っぱを取ったら、食べるとこなくなっちゃうじゃないの？」その通りである。その時、白菜を食害したヨトウムシが、白菜に穴をあけた。あるいは、葉に着いたアブラムシがいると、その葉を欠く。虫食いのないところ、虫のいないところまで欠く。仮に農薬を使用していたら、これらの作業が必要なくなるだろう。野菜も元の大きさのままである。

　もちろん、季節によって野菜によっては、虫の心配の少ないものもある。しかし、僕たちのところに来る野菜の注文は、調整に時間のかかるものが多い。そこをきっちり調整するのが、僕たちのオキテである。これには、厳格な規定などないが、心の中に厳格なものがある。それが経験というものであり、この作業はほかの人に任すわけにはいかない。代替が効かないのだ。

　僕たちのオキテは、僕たちの目の中にあり、それは進化を続けるだろう。進化は続くとしても、年と共に集中力は衰えていくわけだから、結果的には調整の時間も増えていくと思う。でも、丁寧に仕事をして、人に野菜を伝えることのほうが大事だな、とこの頃は思うようになってきた。肥料成分(堆肥)を極力少なくして、野菜本来の繊維質の強さや味わいを食べる人に感じてほしいし、そこのところが伝わっているな、と感じる場面にも少なからず遭遇している。僕たちの育てた、小さな小松菜や人参、風味のあるロケット（ルッコラ）、肉厚感のあるフリルレタスなどを待ってくれている人がいるのだから。丁寧な仕事を続けるには勇気がいるけれど、後押ししてくれる人もいる。僕たちのオキテは、人情の中にも存在する。

2012年5月17日　寺田潤史

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