「自分と対峙する」

　野菜を育てて生きていく、あるいは野菜を育て、野菜を売って生きていく、このことはどういうことなのだろう？無農薬野菜を育てることには、どういう意味があるのだろう？農薬野菜を食べることには、どういう意味があるのだろう？そもそも、人が生きていくってどういうことだろう？こういう疑問と答えには、尽きることのない年月が必要になりそうだ。 　

　それらの疑問に登場するのは、人であり、野菜であり、土や虫や草や微生物などの自然界にあるものであり、太陽や風や雨のような気候である。収穫するときには鎌やハサミを用い、農作業には鍬やトラクターなどの道具を使うが、畑で考えることは、人のことであり、自然界の生き物のことであり、気候のことなどがほとんどだ。人のことの中には、原発のことなども含まれ、人の強力な言葉の魔術に踊らされた僕たちのことも含まれる。弁舌は人を動かすが、弁舌に真実があるかどうかは、ひと個人にゆだねられる。

　畑で、虫や野菜を見ていると、弁舌で動かされることはない。当たり前だ。彼らは物言わぬ。彼らを毎日見ていると、彼らの生きる力を見せつけられるようである。へたな弁舌よりも、よほどエネルギーがあり、真実を見せる。いや、真実だけを見せる。それを見るのは、自分である。自分以外のものが見たものは、真実かどうかはわからない。自分が見たもの、感じたものは、強力な真実なのである。ところが、その真実を人に話したり、人と共有しているうちに、真実に人情が入ってきてしまう。そこが、人間の微妙なところであり、味わいであり、苦でもある。

　同じピーマンの樹を見ても、僕と連れ合いとでは、見え方も感じ方も違う。真実はただ一つ、自分が見たものである。さらに、真実は、毎日の積み重ね、真実の積み重ねで、変化を読み取ることにもつながる。それが、俗に言う経験というものであろう。しかし、経験も、その人ひとりだけのものである。自分以外の人の話は、噂話に過ぎない。大雑把にいえば、何とか農法というものは、噂話に過ぎないのである。噂話も、自分の実践によって、真実に変えることもできる。

　弁舌も噂話も、人の心にグッと踏み込んでくる。噂話などは、尾ひれがどんどんついてくる。それでも、人は噂話が好きである。それはそれで結構だが、畑での噂話は、野菜や虫たちには何の関係もない。野菜や虫たちは、極端な話、真面目にしか生きることができない。人間にもそのような資質があったはずなのだが、この頃では、真面目に生きることは、滑稽の極みのようでもある。真面目と言ったって、その人の中の価値観でどうにもとらえどころのないことだけれど、僕の言いたい真面目は、自分が感じた真実を受け入れる、ということである。

　人の感じた真実は、その人のものである。自分の感じた真実と、同じということはほとんどないだろう。自分の感じたものが、たとえば、空芯菜を摘む時に、何か別のたましいのようなものといっしょに収穫しているように感じる、とすれば、そんなバカなことはない、と一蹴しないで、そうかそういうものか、それでは一緒に収穫しようじゃないか、となってもいいのである。そこを、科学的に検証する必要はなく、感じたまま生きる、それが真面目に生きるということである。子供も大人も、皆もっと自分を信じていいと思うこの頃だ。

2012年8月2日　寺田潤史

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