「年を重ねるということ」

　気がつけば、陽の暮れるのも早くなってきたが、朝も陽が昇るのが遅くなった。ひんやりとした朝が、秋の色を濃くして、ひょっとして冬が早いのでは？という農家特有の恐怖感の芽生える時期でもある。早朝の紅茶の暖かさがひときわ臓腑にしみる朝だ。日中の暑さは湿気を伴って、まだまだ冬が近いなどとは思えない暑さで、この落差感が秋そのものを深く演出するのだろう。 　

　農家特有の恐怖感というのは、秋がとても短くて、あっさりと冬の気配に突入し、暑いからまだ大丈夫と思って例年通りゆっくり作付けしていたら、冬に作付けが間に合わなくなった、という恐怖感だ。何といっても、野菜の成長には、ことさら有機野菜には、温度が必要なものだから。温度が高すぎてもだめだし、低すぎれば微生物の活動が鈍る。冬への恐怖感は、成長が確保できていれば、安心感に変わるもの。人の一喜一憂なんて、季節を受け入れていない証拠だね、と思ってしまう。なすがままになる、って難しい。

　年を重ねると、時間が経つのも早く感じられる。人間に与えられた平等の尺度は時間である、という科学があるけれど、子供の時間と大人の時間には、精神的なものが影響しているのか、かなり不平等に感じる。冬への恐怖感のように、あれもしなきゃ、これもしなきゃ、というような仕事に追われることが時間を縮めている原因だろう。年を重ねたなら重ねるほどに時間が短く感じられるようになるのには、そのことに加えて、ひとつひとつの仕事の精度にこだわりを持つようになることも影響しているだろう。そしてまた、周囲のことに目配りをするために、集中力よりも全体を見渡すことに重きを置き、体力の衰えも加わって、なすべき仕事が思うようにはかどらない、ということも大いに関係してくると考えられる。

　ということは、時間というものが、動物的には年齢に関わらず平等であるが、精神性を加味すると平等ではなくなる、という考え方もできるかな？年齢が低ければ低いほど、全体性を考えることなどできにくいし、将来のことも深く考えない。動物的であればある程、時間は長くなるということか？実際、飼い犬やえさを与えられた野良猫は、暇さえあれば昼寝ばかりしている。こんなに無防備でよいのか？というくらいに惰眠をむさぼっているのだ。

　そう考えると、５０歳を過ぎた者が時間を長くしたいと思う時、あれもしなけりゃ、これもしなけりゃ、というものを蹴りとばして、なくしてしまうのがいい、ということになる。ただ、仕事の精度（仕事には当然家事なども含まれる）、これだけは譲ることができないかもしれない。自分の納得できるものでなければ仕事の意味がない、という思いは年齢や経験を重ねた者の特権である。ここだけは、時間が短くなることもやむを得ない、と腹をくくるほかはないだろう。

　毎晩、テレビのニュースを見ながら食事をしていると、こんなものにばかり毎日ニュースの時間を割きおって、とテレビのスイッチを切りたくなる。時間の無駄だ、という思いが常に頭の中にあるのだろう。これが年を重ねた証拠だ。連れ合いがそのあとのスポーツニュースを見たがるのでそのままにして、結局すべてのニュースを見てしまう。スポーツニュースが始まる頃には、大抵連れ合いはすでに眠りこけているのだが…。

2012年9月7日　寺田潤史

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