「データベース」

　今週になって金木犀の香りが突然香りだした。例年よりも二週間あまり遅い香りの漂いで、これは、初めてのことだ。子供の頃から、十月に入ったら金木犀の香りが漂い、その香りは秋祭りの近いことを示して、嬉しい香りだったのだ。胸が騒ぐような香りにも感じた。２週間以上も前に祭りは終わっているので、今頃金木犀の香りが漂ってきても、胸騒ぎはおきない。それどころか、どうなってしまったんだ？という気候全体への懸念の香りにさえ感じる。

　「台風の潮風の影響が金木犀にも出た」という可能性を、野菜を長年買ってくれている方が話されていた。そうかもしれない。まったくもって、近年の気候の変動は、それまでの常識を覆すものだ。ピンポイントの竜巻なんて、そんなに頻繁に起きるものではなかったし、ゲリラ豪雨の様は、さながら世紀末的な景色である。つまり、それまで積み重ねられた気候のデータベースが役に立たなくなってきた、というようなことかもしれない。

　気候のデータベースは、人間の季節感とともに経験の中に埋め込まれる。今は、コンピューターの普及した時代であるから、これからの多くの記録が後世の人の役に立つだろう。しかし、僕たちのように、コンピューターの珍しかった時代に育ったものは、経験や二十四節季に照らし合わせて気候を推し量ってきた。金木犀の香りのように、子供時代からあまり変動することの少ない季節のお知らせは、確固たる季節の力を示してきた。僕が農の世界に入ってから２３年ほどしか経っていないが、最初の１０年は同じような気候の印象だった。それが少しずつ変化してきて、今は変化の加速度が増している。

　変化することを、当事者が認識して、これからどうなるか、これからどうすればいいか、を考えていくことは、簡単なことではない。たとえば、女性。女の子に生まれて可愛がられ、思春期に入って親を毛嫌いし、レディとなって世の中の衆目を浴び、おばさんとなる頃には強力な意見を持ち、おばあさんとなって長生きしてこの世を見定める。と、たとえ十把一絡げに男性側からくくったとしても、魔女のような生き物であることに変わりはない。それを、当の女性はどのようになっていくかを推測しながら生きているのだろうか？と思うことがある。

　男は女性に比べたなら、何と馬鹿な生き物だろう、と思う。子供の時と大人になってからと、やっていることに進歩がない。やっていることは同じで、年齢とともに風貌が変わっていくだけだ。これからどうなるかと推測しても、これからも同じような事をしていくのだろう、とトホホな気分である。もちろん、自分を変えるような行動やトライをしてはみるけれど、本質は変わらないものだ。面白そうなことを見つけると、子供のようにすぐに夢中になってしまうものなのだ。

　年齢に責任を持って生きていけ、と言われたとしたら、窮屈な空間に自分を追い込んで病気になってしまうのが落ちだろう。人間にとって、年齢というものは、一つのデータベースに過ぎない、とうそぶいてしまいたくなる。自分の記憶を、季節や景色と年齢とを絡めて記憶しているだけなのだ。ただし、データベースの正確性がおぼろげになっていくポンコツであるから、変化しているのかしていないのかすらわからない役立たずだが…。

2012年11月1日　寺田潤史

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