「自然界と人間界　その２」

　人間は、ないものねだりをする生き物である。田舎のものは都会に憧れるし、都会にいると自然に憧れる。田舎に住んでいるものは、「自然はやっぱりいい」なんてあまり思わない。都会に住んだことがある僕は、都会に憧れることはないけれど、あの、人と建物の雑然とした感覚の中に身を置きたいと思うことはある。はっきりしていることは、田舎と都会では空間の密度が違う、ということである。単純に、都会のほうが密度が高いのだ。そして、自然界は空間密度が低い。

　建物の密度。これはもう高層ビルでなくとも、数階建てのビルの数が違うわけだから、地上に立って、自分より上の、つまり空の広さが違う。明解だ。次に、人の密度。これも電車などを見れば一目瞭然で、電車の本数もかなりの開きがある。ところが、人間が人間のことを考える、ということに関しての密度は、そんなに違いはない。田舎に住んでいても、都会に住んでいても、人は人のことを考えてあれこれ悩んだりするものだ。都会に住んでいるから、その分だけ多くの人のことを考える、ということにはならない。自分に見える人には限りがあるのだろう。

　誰もが自分のことを考える。これは、動物だって同じだろう。自分の子供のことを考えるのも同じようなものだ。動物の場合には、考えるという言葉が当てはまるかどうかは分からないけれど…。人が人のことを考える時に、まず自分のことを考える。そして、自分と人との関係を考える。それは１対１の関係である。さらに、自分と複数の人との関係を考える。さらにさらに、自分も含めた複数の人が作っている人間社会と自分との関係を考える。高じて、人間社会と人のあり方を考える。それが、人間が人間のことを考える、ということかもしれない。

　都会にいても、田舎にいても、人間のことを考えていることに変わりはないのだが、人間のことを考えている時には、ある種の密閉状態にいる、と言っていいだろう。人間社会という密閉状態だ。これは、その瞬間の平面的なものだけでなく、前後の時空間にも囲まれた密閉状態だ。前後の時空間、それを自分が前を向いていて、過去を後ろとすれば、後ろの部分は、数年かもしれないし、数千年かもしれない。自分の未来である前の部分は、広大であるほど密閉状態が気分的に楽になるもののような気がする。

　どちらにしても、人間界という密閉された状態を狭く感じて、息苦しさを感じたなら、自然界に身を置くことで気分が楽になるということは確かにある。俗にいう「癒し」というものもその一つだろう。僕が人のことを考えて頭がいっぱいになったとしても、毎日畑に出て、土を踏みしめ、草を踏み、草を抜き、野菜を収穫する、あるいは竹林の横を通り、松葉をかいて、木々を燃やし、灰をかく、それらのことがどれほどに密閉された状態に風穴を開けてくれることか。

　心の健康を考えるとしたら、地球に住んでいることを意識してみる、ということも一つの方法かもしれない。たとえば、大根の葉を食べて、葉が歯に引っかかること、極端に言えばそれが地球に住むということでもある。大根のことを考え、大根の育った土を想い、降り注ぐ太陽の光や雨風を想像し、歯のことを考え、自分のからだのことを考える。密閉された状態から解放してくれるもの、それは日常に案外転がっているかもしれない。

2012年11月15日　寺田潤史

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