「自分の判断を揺らがないで」

　自分の目で見て、あるいは自分の耳で聴いて、はたまた自分の皮膚で感じて、そして味覚臭覚をも含めて、自分で判断すること、これが日本人に今求められていることだと思う。この何とも当たり前のことが、仕事で大手を振って歩いている人すら仕事上でできない、奇妙な世界だ。

　数学で、１＋１は２であると教えられるが、数字ではそうでも、数字以外ではそうではないことが多い。１の内容ともう一つの１の内容とが全く違うことなんて、世の中にはざらにある。いや、機械で作ったものでない限りは、ほとんど同じものは見かけないものだ。１を人ひとりに置き換えてみれば、その内容たるや著しく差異があることは明白である。一人と一人をあわせて二人と数えることは、その人の過去を否定しているようなものだと、大袈裟に言ってしまいそうだ。

　今日は、作曲家だと思われていた人が、実は影武者の本物の作曲家が存在して、その影武者たる有名大学の作曲の非常勤講師の人が会見を行った、とテレビでもネットのニュースでも大きく報じた。僕は全く興味がなかったので、今までそれらの方の曲を聴こうともしてこなかった。だから、最初にこのニュースに接して思ったことは、その人たちの曲を気に入ってＣＤを買った人は、こんなニュースに関わらずそのまま大好きな曲として聴いているのがいい、ということだった。自分の耳で聴いてよいと思ったことは、自分が判断してよいと思ったのだから、そこは揺らいではいけないのだ。

　テレビの会見の模様を見て、あの影武者さんが表に出ていたのなら、ここまでＣＤは売れなかっただろうなと思った。それほどに実直そうで地味な人だ。だいたい胡散臭いことをテレビでもっともらしく大騒ぎしていることに、僕は何の興味もない。でも、この真面目そうな、ただ単に音楽馬鹿であろうこの人の曲なら、聴いてみようという気にはなる。メディアというものは、騒げば騒ぐほど商売になるもので、騒いで取り上げた人が真実を語る、なんていうことになればさらに盛り上がる性質を持っている。だけど、メディアには真実をそのまま扱える度量がある？

　何度か書いているかもしれないが、２０代に、僕の音楽的な生活がドキュメンタリー番組に取り上げられた時、アパートからアルバイト先に出向くシーンで、テレビ局のスタッフから「歩き方が違う」と言われた。その時から、僕はメデイァが嫌いになった。歩き方を指導するなら役者を使え、と思ったものだ。すべては意図する方向にすり替えられた架空のものに近い、と言ったら言い過ぎだろうか？

　僕たちが毎日収穫している野菜は、ほぼ意図的には作ることができない。種すら人間には作り出せないのだ。だからこそ、畏敬の念をもって収穫し相対しているのだが、そういう世界にいる僕たちと、メディアの世界では相容れることのできない違いがある。とはいえ、メディアの伝えることを生活のひとつのスパイスとしてふりかけているのだから、アミノ酸くさいご飯になってしまうのは仕方がないか。世間の噂話程度に割り引いて楽しむ分にはよいけれど、子供たちなんて真実と思い込んでいるのだから、メディアの責任は大きい。

2014年2月6日　寺田潤史

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