「楽しいもの、狂おしいもの」

　この頃は、とんと本を読む機会が減った。２０代３０代の頃はよく本を読んだ、と家に残っている本の数々を見て思う。本を読みたいと思うことよりも、他にやるべきことややりたいことが山ほどあるということだろう。でも、できれば読みたいとも思うし、新聞に掲載されている書評や作家のインタビューなどは、野菜の仕分けをしながら切り抜きとして時々スキャンして、Evernoteというアプリにせっせと取り込んでいる。ちなみに、Evernoteは現代のメモ的記憶媒体としてとても便利なもので、スキャナーで取り込むと同時にEvernoteに自動的に取り込まれるようにしてあって、即iPhoneなどで閲覧できる。子供たちが学校からもらってくる書類の山や楽譜、光熱費の明細、野菜の播種記録など、紙の山と記憶忘れから開放してくれるので便利だ。

　２月の静岡新聞の切り抜きでは、芥川賞を受賞した小山田浩子さんの文がある。少し引用してみる。「前文省略…書くのが苦痛になり、七転八倒しながらそれでも書きあげた作品はまた没になった。そんな中…中略…私はパソコンを開いて「ディスカス忌」と打ち込んだ。他には何も考えていない。しかし、タイトルを打ちこんだ途端、そこに１文目が出現した。１文目は２文目を連れてきた。３文目、４文目、５，６，しばらくして改行、１行空け、また１文、２文。その間、私は、ああこれは楽しい、と思っていた。１文が次の１文を呼び、情景より会話より先に言葉が出てくる。…後略」

　これを読んだ時、ああ、よくわかる気がするなぁ、と思った。僕は作家ではないけれど、週に一度これを書くとき、やはり同じように書きはじめてから次々と言葉が出てくるのだ。音楽でもそうだが、出てきたリズムやメロディをつなげる。誰かに気に入られようとしてやるのではない。野菜に例えるなら、安くて見栄えのよいものを多くの消費者は好むだろうけれど、僕達は違う。自分が食べてよいと思えるものを育てる。そのために栽培する方法を選ぶのである。

　先日亡くなられた作家の渡辺淳一さんは、インタビューの中で「狂おしいものを書きたい」と言っていたが、野菜の収穫をしているとそのようなものの感覚に近いものを感じる。例えばキャベツ、もうすぐ破裂しそうにまで結球し、全生命をかけたところを僕達が収穫する。収穫しなければキャベツは割れ、葉を突き破って、種を残すために花芽を出してくる。命がけで生きて最後に花を咲かすのだから、美しいわけだ。そこに理性は介在せず、本能の美しさがあるのだろう。狂おしいほどに生きているキャベツである。そのキャベツを収穫する側としても、収穫する瞬間には満足感に満ちている。狂おしいものは楽しく真剣なものだが、時に社会とはかけ離れる。

　人間は、どこかで自分本来のものを覆い隠してしまいがちだ。社会というものは人間ならではのものだが、病むほどに社会に従順である必要はない。何を自分が楽しいと思うか、それが自分次第なのである。あるいは、自分が楽しんでいることを発見するのもよいし、人が楽しんでいることを発見するのも面白いことだ。そしてまた、自分が本当に楽しいと思えることを、自分で知らず知らずのうちにねじ曲げていることもある。それを正すこともまた楽しいし、芸術とはそういうものだと思う。そのために鍛錬が必要なのだ。

2014年5月8日　寺田潤史

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