「長女の大学受験」

　長女は高校三年生で、大学受験の年に当たる。高校生活の殆どを、ホルンの練習に明け暮れてきた。入学した時から、国公立大学に入ることを希望してきた。ところがここへきて、私立大学の学費無料の演奏家コースというものが新設されてきていることを知った。簡単に言えば、従来なら芸大に行ってしまう優秀な生徒を私立大学に勧誘し、さらに英才教育を施して成果をあげよう、という試みではないだろうか？全楽器の中からほんの数人程度が合格できるかどうか、という言ってみれば芸大に入るよりも難しいコースである。

　私立大学は考えたことがなかったが、万が一そのコースに入ることができたなら、それは娘の一番の希望するところである。教職員になる気もない娘であるし、芸大に入ったところで演奏家への道は５パーセント程度であるから、ここはダメ元でも受けてみよう、ということになった。そして、ダメなら国公立大学を受験し、それもダメなら就職という道になるかもしれない。

　長女の演奏は、その練習量と、先生の質の良さのおかげで、音そのものが変わってきている。少なくとも２年前と比べれば、雲泥の差である。音楽はよくわからない、という連れ合いすら、「かっこいい音になってきたよね、この頃」と感想を漏らすくらいである。しかし、ハイレベルになればなるほど、厳しい目というか、厳しい耳を持ってダメ出しをされるものでもある。果たして、まだ娘に伸びる余地を感じてもらえるかどうか、大学の先生方の判断次第でもある。

　今日は、その受験準備のための講習会に東京へ向かった。担当の教授からレッスンを受けるのである。東名バスでの往復は、娘にとっても初めてのことだ。この頃は、WEB乗車券という便利なものがある。あらかじめ座席を往復分予約できて割引があるのだから便利だ。バスの到着する新宿まで、東京在住の僕の妹が迎えに来てくれることになっている。一日置きで２回レッスンなので、妹のところへ三泊させてもらうのだ。

　何から何まで、時代が変わってきていることを感じる。少子化が進んで、大学の学生確保にもあの手この手である。魅力的な学科を創設して人を確実に入学させる一方で、実力のある学生も育てる。私立大学のほとんどが変化の中にあるのだろう。国公立大学のことはわからない。こどもにお金をかけることができる家庭と、かけることができない家庭があって、うちは当然後者だ。お金をかけなくても育つはずだと思っているが、結果的に娘が就職という形になったら、世間からはやはりお金をかけなくちゃ、という評価が下るかもしれない。

　でも、正直なところ、就職という線もよいと思っている。娘は娘なりに精一杯の高校生活を送ってきていると思うし、その狭い道意外の広い道を行くのもまた悪くないのだ。ただ、就職の場合には、お世話になっている先生には申し訳ない形になってしまうし、娘の本音は大学でホルンを吹いて演奏家になりたい、というものであるのも事実だ。だから、応援してきた。

　世の中には、どうしようもないことが少なからずある。何とかしようとしても、どうしようもなく日々が過ぎていく、ということがある。一方で、もうだめだと思っても救いの手が差し伸べられることもある。先のことはわからないものなのだ。

2014年8月1日　寺田潤史

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