配達に出かけると、車の窓から金木犀の香りが漂ってくる。相変わらずにこの匂いには、駆り立てる何かが潜んでいる。子供のころから、１０月の第二週の週末が地元の祭りと決まっている。そのお祭りを前にすると、この金木犀の香りが漂い始めて、否が応でもお祭り気分を高めてくれるのだ。ちょっと早めの金木犀は、今年の気候を反映しているのかいないのか？正直なところ、お祭りまでまだあと一週間もある、という気分だ。お祭りには、ゆっくりと体を休めたい、それが本音だ。

　手落ちとは仕事を残すことだと、先週書いた。よくよく考えてみると、仕事をすべて片づけるなんてことはあり得ない。いつだって、仕事は残っているものである。どんなにきっちりとしているように見える人でも、あるいはそのような状態を作り出したように見えても、必ずやるべきことは残されているものだ。そう考えていくと、やるべきことの満足は、やはり精神的、個人的なものである、と思い至る。

　満足、あるいは不満足は心の問題であることは言うまでもない。だが、その自分の心の状態を良い状態に保つことは、これは一大事だ。あの仕事が終わっていない、この仕事が残されている、と常に病んで、不平を言って生活していては、それは周りの人に良い影響を与えない。逆に、あれもこれも片付いていないのに、平然とわれ関せずのようにのほほんとのさばることもまた、周りに良い影響は与えないだろう。心を作り出した人間ならではの、何とも奇妙な平衡感覚が心の実態なのかもしれない。

　人は、気付かない状態が幸せな状態のひとつだ、と認識することもいい。たとえば、若い人が、古臭い建築物を「汚い家」と片付けて、新築の現代風の家にあこがれたりする。それが、歳を重ねるにつれ、あるいは経験を積んだ人と出会いを重ねるにつれて、古いものの良さを知り、古いものの材質を知り、あるいは積み重ねられた技術を学ぶと、今までの無知を悔い改めようとする。あこがれは、そこで一変する。そして、逆に手をかけた技術を継承することの大変さを知る。知ることはいいのだが、それに付随する仕事は大変なことばかりである。古い家ひとつをとっても、その維持や生活は、とても現代風ではないのである。気付かないでいたのなら、そんな古いもの、と言って一蹴して、テレビでも見ていたほうが楽なのだ。

　そう、知ることは思いを馳せることでもあり、それだけに飽き足らなくさせる何かを駆り立てる。実際に手で触って、仕組みを知り、自分でなすようになる。そうして、際限のない旅をはじめるわけだ。ただ、ひとつ、知ることだけにとどまるなら、本を読むだけでいい。本を読むことは、人を尊敬する眼差しを強くする。でも、人と人は対等なものである。同じ目線であることが安堵につながる。あの人のあの部分はすごい、けれどその分だけ欠落している部分もあると考えれば、尊敬の眼差しだけでなく、より人間的な弱さをも眼差しに含むことになる。つまり、知ることだけではなく実践することは、膨大な時間を費やすことの意味を理解することに昇華し、その時間の分だけできないことが生じると眼差しに含ませるのだ。

2014年10月2日　寺田潤史

バックナンバーへ

ご意見、ご感想、お問い合わせは、下記よりどうぞお寄せください。

★　ひらく農園の野菜の入手方法

☆　このページの最初に戻る