長女は受験である。大学受験だ。音大受験という金銭的なややこしさがある。高校へ入学した時からそれはわかったことであったが、大学に行くなら国公立である芸大に入ることができるような実力を身につける必要がある、と娘に伝えてきた。つまるところお金なのである。お金がないことが僕の最大の弱点であるので、娘はそれを逆利用して技術を高めてきたのだ。お金があったのなら、あそこまで練習したかどうか？

　もう一度振り返ってみる。長女が中学３年になった春、それまでまったく高校受験のことを考えてこなかったのは、一番上の子供であるがゆえのことであろう。親が娘に何も危機感を持たせてこなかったから。勉強するよりはホルンのほうが頑張れそうだ、と娘が考えたのは中学での切実な体験からだが、ホルンで高校へ行くということなど露ほども考えたことがなかった。以降の高校受験狂想曲のことは何度か書いた。あの時から、僕たちの子供への応援歌が始まった。

　クラシック音楽の世界のことをあまり知らなかった僕は、この三年間の娘の軌跡によって、少しは理解できたように思う。どんな先生についてどの程度まで実力をつけ、そして確固たるコンクール受賞歴を並べてはじめて土俵に上がることのできる世界である。娘が希望する大学に入ることができるかどうかは別として、少なくとも私立高校を選んだ最大の理由である現在の師匠たるあの先生を慕ったのは正解だった、と思う。ただ、あの時、あの先生 ならと僕と娘が思いを同じくした時、同時によぎったのは連れ合いをどう納得させられるかでもあった。お金がないのに私立高校！これを敢行し、連れ合いも今では一緒に娘を応援していること、さらに言えばこの三年間、朝４時半起きで弁当を作り続けたのは連れ合いである。それらのことを思えば、確実に僕達も娘を育てることで育てられている、ということであろう。

　一方で、その三年間には、台風の度重なる来襲による畑の被害によって、お金のない僕達をさらに困窮させてきた。霞を食らって子供を育てている、ということに等しい。親の思いとは別に、娘は私立高校を満喫してきた。朝練をしたいから毎日始発電車に乗るために自転車をこいできたとはいえ、修学旅行でオーストリアに行き、コンクールやレッスンで東京往復を重ねてきた。僕がやってきたのは、如何にお金を使わずにして目的を達成できるか、如何に継続した練習にモチベーションを持たせ続けるか、というようなサポートだ。

　音楽はお金ではない。それは明白だ。メロディやリズム、曲想を考えるときに、如何に儲かるかは考えない。しかしクラシック音楽の世界では、その土俵に上がるために多くのお金を費やしている、という事実がある。そのようなことを現実として受け止めながら、楽しみは、娘の音楽が大学に合格することで始まるかもしれない、ということである。音色という特長を持った娘の演奏は、しかしまだ狂気のようなものを表現する段階にない。それがこれから時間をかけて表出してくるとしたら、それは大きな楽しみである。それもこれも、この大学受験を乗り切ってはじめて想像できるような産物である。今、娘のホルンの練習音が聴こえている。その音色を聴く時、これまでの軌跡が蘇る。よくぞ頑張ってこれたものだ。 <

2014年11月27日　寺田潤史

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