春と呼ぶには、いささか寒く、冷たい風が吹いている。ジャガイモの植え付けが終了し、夜なべ仕事に、葉もの類やズッキーニなどの種播きを夜半前までこなしてきたところだ。石油ストーブの火を入れ、お酒を温めて、ノートパソコンの電源を入れた。スティービーワンダーの「Key of Life」を聴きながら、これを書いている。

　Key of Life　、このアルバムは、高校時代、掘立小屋から鉄筋コンクリートの家に移り住んだ多感な時期によく聴いていたアルバムだ。不思議なもので、その当時に聴いた曲というものは、作り手目線で聴くことがない。つまり、分析的に聴かない、という無条件反射が備わっている。音の中に、その当時の状態が反映されているような錯覚に陥るくらいだ。余談だが、このアルバム、よく聴いた割には、自分で買った記憶がなく、かといって誰かに借りた記憶も定かでないレコードだった。今聴いているiTunes版は、NTTの光接続利用の数年分の恩恵ポイントでゲットしたアルバムである。あの当時に聴きこんだレコードの、針の雑音が再現されないのは残念なところだが…。

　高校時代の多感な時期に、このKey of Lifeを聴いたことは、心の中に豊かさのようなもの、を刷り込んだ感覚がある。直近の川崎の事件を例にとってみると、加害者側の心の中に、このアルバムのような豊かさを持つことができたなら、憎悪をイメージせずに、別の豊かなものをイメージできたかもしれない。どんな大人にも子供にも、楽しみが必要である。マイナスのイメージばかりを追っていたら、知らず知らずのうちに憎悪を持ち増幅させていきかねない。Key of Lifを聴くと、高校時代に自分の部屋のベランダで、あるいは一人の部屋で聴いていた感覚が蘇る。それは、暗いイメージではなく、感情の音楽表現に対する畏怖の念を持つようなイメージだ。人は、畏怖の念を持つことで、自戒の気持ちすら持つことができるのだ。

　これから春がくる。野菜も成長を示すが、草のほうもぐんと伸びてくる。草を憎んでしまえば、始終、草のことが気になるだろう。野菜が草で覆われてしまったら、目的の野菜を収穫できなくなるので、草に負けない程度に草を取る。畑を耕して植え付けられた苗は、あとから発芽してくる草よりも成長が早い。結果的には、草と野菜がともに生育することになる。ともに生きるということは、あなたはあなた、わたしはわたし、というような個の尊重を生む。気に入らない相手を駆逐して、どうだ俺様は！というイメージは、社会の縮図のようでもある。

　とにもかくにも、人はエリートを造りたがる。自然界にエリートは存在しない。春を目の前にして、皆こぞって花を咲かせようとしている。花の色が美しいのは、無心に咲いているからだろうか？それとも、人間の側が花の美しさに対して無心であるのか？花を憎む人はあまり聞いたことがない。あんなに小さな種子から育って、大きく成長し、たくさんの花を咲かせる、それを、人間がやろうとしてもできないほどに、自然界は緻密な仕組みを持った。まだまだ自然界の前では、人は赤ちゃんのようなものである。春を待望するということは、それらの自然界に戻ることになるのかもしれないね。

2015年3月5日　寺田潤史

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