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「59歳 その3」

 あれ程に苦しんだ数日間が嘘のように、回復後の日々を堪能している。堪能すると言ったって、普通に収穫して、仕分けして、出荷し、宅急便を送り、配達する日常だ。カラダが動くこと、そのありがたさを噛み締めている。なんだか、憑き物が落ちたような身軽さもある。生きているだけでめっけもの、みたいな感覚だ。

 昨夜は、ドイツの長女が「演奏を聴いてほしい」と言ってきた。来週から始まるドイツの大学院の試験に向けて、リハーサルのようなものか。LINEの無料のテレビ電話機能を使って、長女のホルンのソロ演奏する姿を見ながら聴いたのだった。明らかに音質が変わっていた。テレビ電話だから音質が良いわけではないが、音の粒がまるで変わったような印象だ。音程はさらに安定し、音量感も出た感じだ。

 ドイツに2月中旬に渡って、ドイツの先生に付きながらアドバイスを受け、吹き方などを改良していたそうだ。5月にはかなり落ち込んでいた様子だったが、昨夜の長女の姿を見て少し安心した。長女が日本の東京にいた頃、どこか心ここにあらずのような、忙しすぎる日々をただこなして何ものかに神経ばかりを使っていたような、そんな印象があった。それがすっかり表情から余分なものが削げ落ちて、明るさが戻ったというべきか。そして、その表情を見て、親子っていいなと思えた。テレビ電話とはいえ、お互いに全てをさらけ出して、その変化を伝えられる。しかし、娘といえどももう大人だから、尊敬すべきところはそのままに。試験がうまくいきますようにと、毎朝祈る日々だ。

 祈る、この言葉が他人事でなく、しっくりとくる年令になった。家としての仏教、個人的な神道感に基づいたもの、アミニズム的な自然観、それらが渾然と自分の中で一体となる拠り所はご先祖さんと今生きている人々だ。宗教団体的な心は持ち合わせていない。ご先祖さんと言ったって、実際にイメージとして語りかけるのは、親父や親父のすぐ下の叔父さん、祖父、祖母など知っている人ですでに他界した人々だ。その他界した人を、現在生きている人たちと結びつけながら、健康で安全に長生きできますようにと祈っている。あまりに一人ひとりをイメージして手を合わせていると、時間が長くなってしまうので、一括して親戚一同、と手短に祈る場合もある。

 この国を良い方向に導いてください、とも祈る。この国のサッカーを良い方向に導いてください、さらに、長男のサッカーを良い方向に導いてください、とも祈る。長男のサッカー、先のはじめての公式戦は、病み上がりだったので僕は見ることができなかった。連れ合いの撮ったビデオで見たのだが、圧倒的に攻めながら、シュートミス連発で得点を奪えずに引き分けた。負けはしなかったが、大きな失望である。そういう時に、ボランチのポジションから抜け出して攻め上がる長男が必要だ。

 プレイするのは長男であることに変わりはない。しかし、サポーターとしては、ついつい熱が入ってしまう。この59歳もサッカー狂いのうちにあっという間に過ぎていくのだろうな。いやそれでもいい。長男を鼓舞し続けるのだ。

2019年6月14日


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