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62歳という年齢は、カラダの疲れを自覚した時に、無理をしない年齢である。疲れている時に、ここで無理をしたところで大差ないだろう?と開き直ることができるし、ここは「神様が休みなさい」と言っているのだろうということを、素直に聞き入れることのできる年齢なのだ。カラダを休める、ということにどこか後ろめたさを長年感じてきたような自分に対して、言い訳を考えることすら面倒になってきたのかもしれない。
ギターを弾くことだけは、なかなか面倒にはならない。先週、野菜のお客さんのお宅に配達した際、息子さんが週刊てーてを一所懸命読んでいた、と伝えられた。ギターのことなら毎週書いて欲しいくらい、と言っておりました、とも。そう言われて、素直に今週も書くことにする。
僕がギターを弾き始めたのは15歳の時。最初に買ったのは、キャッツアイというブランドのフォークギターで、2万円くらいだったと思う。地元の町の小さな楽器屋さんに置いてあったものだ。僕の年齢の人たちよりも数年前にギターブームがあったと思う。その名残で、僕たちの年代もギターを弾く人は多かった。フォークソングの流行し始めていた時代の話だ。高校に進学して、Kヤイリというファークギターを6万円でローンを組んで買った。さらに5万円くらいでグレコのストラトキャスターも高校のうちに買い入れたと思う。いずれも同様に地元の楽器屋さんに展示してあったものだ。
現代のように、インターネットも携帯電話もない時代であるし、CDもなくてレコードの時代でもあった。当時から、僕のしたいことは自分で曲を作って録音することだった。だから、ギターの練習の仕方すら知らなかった。独学で、ギター上のどの場所を押さえたなら、このキーの時にはなんの音になるか?だけは把握していた。ああ、ギターを弾く人でないとわかりにくい表現ですね。ピアノでは、ドの音は常にドの位置にあり、オクターブが違うだけだ。それは、キーがCの時の基音のこと。キーがDになれば基音はレになるわけだ。ああ、言葉にすると更に難しく感じるな。
つまり、曲によってキーが違うわけで、基音からドレミファソラシの他、半音があと5つあることになる。それをギターのフレット上で理解するのは、図形のようなものなのだ。ピアノと違って、ギターは半音階が碁盤の目のように並んでいる。図形を一つずらすだけで、音階に対応できるのである。そういうことを高校時代に理解したのだった。
ギターがピアノと違う決定的なことは、押せば音が鳴るピアノと違って、ギターは左手で弦を押さえながら右手で弦を弾かないと音が出ないということである。これは理屈ではなくて、10代に体験しておけば誰でもできるようになることでもある。しかし、左手で弦を押さえることに難儀してギターを辞めてしまう人が、今でも10人中9人の割合で存在するらしい。今は、昔と違って、ギターを弾く人はかなり少ないようでもある。ありゃー、ギターのことを書くのは、なんと難しいこと!紙面も足りなさ過ぎでんな。
2022年6月24日