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「意図しないことが素晴らしい その2」

 意図しないこととは、人間の行為に伴って、という意味での意図しないことである。当然だけれど、地震とか雷などの自然災害は別物だ。それらは、地球の生理運動のようなもので、プレートが動くような類のもの、それらに乗っかって人や動植物は生きている。言わば、大前提のような存在によって被害を被ってしまうところに、何とも言えないやりきれなさがある。人の命を落とされた上に、定住という長いスパンの考えから離脱するという不条理を強いられるのだから、どのようにして頭で理解していいのか途方に暮れるのも無理はないと思う。

 さて、意図しないこと、つまり期待していたこととは違うことが起きた時、僕たちは頭の切り替えのようなものにスイッチが入ることを覚える。例えば、うちの長女である。何度も書いてはいるが、中学三年になってホルンで音楽高校に入りたい、と聞かされた時、えっ?という感覚だったことを思い出す。それまでホルンの先生にも付いたことがなかったのに、それを専門でやりたいだー?と十ヶ月程度の期間を指折った。

 それでも運良くホルンの先生を見つけて習い、さらに音楽高校の先生に背中を押されて入学できた。うちは農家でお金がないのだから、進学するなら東京芸大一択、という状況に長女は挑んだ。コンクールで優勝するくらいにならないと無理だよ、と伝えていたが、高校二年生の終わりにコンクールで二位に入った。高校三年の7月になって、私立音楽大学の給費特待生の応募があることを知り、すぐに切り替え、大学教授の引きもあって合格してしまった。うちから私立の音楽大学に行くことなんてありえないはずだった。

 そこまででも十分に意図しないことが長女を引っ張り上げてくれたようなものだが、大学の教授がドイツでのレッスンを受けてみるように勧めてくれ、短期でドイツに留学した。長女はドイツの環境に大いに触発されて、ドイツに本格的に留学すると言い出した。こちらは、お金がないのだよ。長女は、大学を卒業して、すぐにドイツに旅立った。だが、入れそうな大学院はなかなかない。ところが、どういうわけか翌年、旧東ドイツ時代からの名門大学のマスタークラスに合格してしまった。あとはアルバイトでなんとかなるはずだったが、そこへコロナ禍がやってきた。アルバイトもできないで、こちらは死ぬ気でお金を用意して送った。

 ベルリンの大学院で二年半頑張って、日本に戻ってきたら、あっけなく長女はホルンをやめてしまった。ドイツでのオーケストラ入りも続けていればできそうなくらいだったらしいが、精神的なものが長女を苦しめたようで、僕としては、精神的に追い詰められて死んでしまうようなことになるよりも、生きてくれるだけでよい、と考えを切り替えた。

 今、長女は、東京で派遣社員の形で事務職をしている。それまでの過程のどれもが、意図しないようなことの連続だった。長女が生まれたときのことを覚えているが、その時は、新しい命が突然やってきたような感覚だった。長女の未来は全く予想もしなかったし、何をやれ、とも言わないで育てた。人が育つということは、それだけで未知なる世界を見せてくれるということだ。何よりも、僕が長女に育てられているのだろう。

2024年2月2日


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