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「64歳 その2」



 人は言葉を使う。思考も言葉を使って考えることが殆どかもしれない。例えば何かを食して「美味しい」と感じた時、言葉で表そうとするのは後付けだ。その後付けが独り歩きする。そう感じたことはないだろうか?つまり、物事を言葉で表現する段階から、元々の感じた本質から乖離が進行する、ということ。嬉しいと感じた時に、嬉しいだけに留めておけばいいのに、なんで嬉しいのだろう、と探求しているうちに、嬉しさはどこかへ飛んでいってしまうのだ。この64歳という年齢は、そのようなことを洗い直してみるに値する年齢なのかもしれない。

 先週「ギターを弾く時間をひねり出し、実際にギターを弾いてみると、そこには未知の幸せに包まれた瞬間が現れる」と書いた。その状況下で僕がしたいのは、創作である。しかし、そうは簡単にいかない。技術的な鍛錬は、自由になるための手段であり、僕に取っては必要なものだ。しかしながら、創作したいと思って創作できるものでもないことも確かだ。ところが、メロディとリズムが突然に舞い降りてくることがある。つい数日前にもあった。

 この頃は野菜の仕事が忙しすぎて、夜中まで仕分けしていることが多い。先日もそうであった。納屋で仕分け中に、ドラムス音源であらかじめ選んであったものを流したのだ。そのようなことは、10年単位で考えれば頻繁に行われているようなことなのだが、ここのところギターは弾いても、パソコンで音源を立ち上げることはほとんどなかった。その時に仕分けていたのはズッキーニだったかと思うけれど、ドラムスを聴いていると突然にメロディーが舞い降りたのだ。歌詞も同時に考えながら、という感じで、いわゆるサビのようなフレーズが8小節ほど、コードの感覚を伴ってすっと出てきたのだ。とりあえず記憶に残すために、キーボードを弾いて、簡単な録音だけはしておいた。

 嬉しくて、仕分けが終わってからも寝る前の時間にギターでも弾いてみた。いや、これは感覚が違った。ギターで弾いてみると、出てきたときのフレーズ感が別の方向へと向かってしまうのだ。それから毎日、少しずつだけど曲の歩を進めてはいる。最初の感覚をできるだけ残そうと、赤心のままに。新しいアイディアと元のフレーズに違和感のないことを確認しながら。

 これを書いている時点で、最初に言葉ありきである。その上で、できるだけ感覚に忠実であれ、と思っているのは、音楽だけでなく野菜もそうなのだ。農薬を使わない、化学肥料を使わない、というような有機農業ではあるけれど、実際には、素性のわかった材料を使って育ったものが、いかに透明感を伴った味であるか、ということを伝えているだけとも言えるだろう。そこに定義は必要ない。あるとすれば、下手なことはできっこない、ということだけかな?

 例えばズッキーニをお店で買ってくれた人が、また食べてみたい、と思ってくれたなら、僕たちはそのために働く。その買ってくれた人が結婚して子供にその味を伝えたなら、それで大満足だ。そこには膨大な労働時間と、膨大な数の人生が見え隠れするだろう。言葉で表したらそういうことになるかもしれないが、僕たちは、毎年同じ時期に同じ種類の野菜を育て、自らも食しているだけである。違和感のないことを確認しながら。

2024年6月10日




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