★ 「週刊てーて」+αをブログでどうぞ。 ☆ ひらく農園の野菜を入手できるお店
1989年、29歳で帰農して開墾から始めたことは何度も書いた。野菜を売り始めたのはその1年半くらい後のことで、その頃からひと月に一度くらい手書きで週刊てーてのようなものを書き始めたと思う。その後、和文タイプライターを使用するようになり、2001年に僕の親父が他界した時からパソコンで書くようになった。週に一度書くということになったのはその前からだと思うけれど、パソコンを入れてからはバックナンバーを読むことができるようになったので、振り返ることもできる。
僕は音楽をする人間で、作家になりたいと思ったことはない。長年の友人には、表現するタイプの人間だ、と捉えられている。週刊てーては、仕事として書いているので習慣化できたようなもので、うまくやってやろうとする部分の入り込む余地は限りなく少ない。僕にとっての問題は、常に書く時間が少ない中で書くという制約である。40〜50分をできるだけ確保しているけれど、やっぱり1時間はほしい、というのが本音だ。
今日も、出荷の帰りに、サッカー寮にいる息子との書類の受け渡しで寄ってきたので、限りなく遅い昼食を連れ合いとともに食すこともできずに、これを書きながら食べている。書き終われば、すぐに野菜の仕分けをして配達、そしてまた戻って仕分けして配達、というスケジュールだ。64歳になっても、こんな綱渡りのような生活を送っている。夕方時が多い出荷ドライブ時には、曲のアイデアを頭に浮かべることが多いので、週刊てーてに何を書こうかなと思案するような状態にはなり得ないのだ。
ただ、この書くという行為は、気持ちの発散になることは確かで、人に悩みを聞いてもらうような効果がある。つまるところ、愚痴である。そのほかには、連れ合いとか娘などに向かって直接言葉に出して説明できないことを、文章なら示すことができる場合もある。話し言葉にすると妙な感じでも、文章だとまた冷静に伝えることができることもあるのだ。
つい2時間くらい前のことだけれど、車を運転しながら曲のイメージが膨らんだ時のこと。その前までは出荷に関することでどうもマイナスイメージがつきまとうようなことがあって嫌だなと思っていたのだけれど、自分の曲のイメージが膨らみ始めると、マイナスイメージなんかどうでもよくなって楽しい気分になっていた自分を発見したのだ。また、週刊てーてを書くことも、同じような効果があるような気がする。もやもやしたことも、頭を整理する意味で書いてみたならば、いつの間にかスッキリして前向きになることができるかな、という単純な話なのだ。
64歳という年齢も厄介な年齢だと感じているが、僕自身の性質も厄介な奴だと思う。厄介な奴が、厄介さをこじれさせないように、音楽や書くということを与えられているならば、それは悪いことばかりでもないかもしれない。世の中には理不尽なことが多すぎて、すぐに憤慨したくなるこの性質が有機農業に向かわせたのなら、その厄介さを中和して、野菜の味わいだけを引き出してくれている、かもしれないじゃないか?
2024年6月17日