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「普通に生きるとはどういうことだろう? その2 食と文化」



 人は、様々な年代を生きる。子供は、子供時代の単一の年代を生きることになるのかな?それでも、引っ越しをしたり思春期に入ったり、その子なりの年代感覚があるのかもしれない。僕や連れ合いは、60歳前後の年代を生きている。僕と連れ合いに限って言えば、出逢ってから子供を授かる前までの年代、子供を育てる年代、子供を育て終えてからの年代、という括り方はわかりやすいだろう。それとて重要な括り方ではあるが、一面的であることも事実だ。

 自分にとって「普通に生きる」ということは、自分らしく生きることだと言えるだろうか?では自分らしさは何なのか?そこは、一生をかけて探し続けることなのかもしれない。自分というものは、自分にとって分かりやすそうでいてわかりにくい存在なのだ。子供は自分の鏡である。それは同じということではなくて、子供が発した表現や言葉が、親を見て醸し出されたものである、という意味で。子供が大人になっても、それはついて回る。子供は、親を反面とするか、真似るか、あるいは覚えているか、それが一生ついて回る性質なのだろう。

 それとは別に、自分の20歳前後のある種の自由な年代というものがある。僕が今、自分に対しても子どもたちに対しても注視しているのは、その年代の自然な発想である。それは15歳から20代後半までの年代のことである。その年代の最後に、僕は農という世界を選んだ。それもあくまで音楽を考える上での、環境造りという側面に重きをおいていた。但し、食という側面にも生活の多くを割いていたのが20代の終わり頃だった。

 ちょっと話が飛ぶが、今この地に農的に生きて36年になる。そんなに長く同じ環境にいると、音楽を聴くという状況が変わっていないことに気付いた。先週、東京に出向いて、三鷹周辺を歩き、買い物をし、町並みを観察したのだが、文化度の違いを久しぶりに感じたのだ。マーケットには、例えば出し煮干しだけでいくつもの種類の無添加の製品が並んでいた。ああ、それだけの需要と意識が普通に根付いているのだな、と思った。僕が20代を過ごしたのは、阿佐ヶ谷や国立だったが、食という側面に向かい始めると、自然食品店くらいにしか無添加のものはなかった。時代は変わってきているし、人の価値観も場所によって変わってきている。

 そういうことを観察したあとに、帰りの車の中で、自分のiPhoneからどの音楽を聴いて帰ろうか、と思った時、ポール・サイモンの「グレイスランド」を選択した。1986年の作品だが、妙にフィットした。いつもこちらで生活している時にはあまり聴かないでいたし、聴いてもフィットしなかった。あらら、都会の文化度の中に身を置くと、あるいは都会の道路を走ると、こういったものがフィットするんだ、聴きたくなるんだ、という事に気づいたのだ。

 この一年、自分の音楽について非常に悩んできた。ある1曲をテイク86まで録音して一区切り着いたのが7月の終わりで、そこからまた悩みに悩んだ。自分らしいということ、自分が普通に良いと感じること、自分が何をやりたいのか、ということをあれこれ検証し続けた。そして今ようやく、テイク86の仕上げにかかっている。食でも音楽でも、自分の環境にフィットするかどうかを見極めるには、何かスイッチが必要だ。

2025年11月10日



 ポール・サイモンのグレイスランド
ポール・サイモンのグレイスランド

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