








★ 「週刊てーて」+αをブログでどうぞ。 ☆ ひらく農園の野菜を入手できるお店
年の瀬、今年は27日が土曜日であるからか、街はその時点で年末年始のお正月休みモードに入ったような様相を見せていた。あまりに暖かい日が続き、雨も多かったので、急に寒くなってドタバタと年末年始感を強制的に浴びている、そんな年の瀬である。
僕の右手の具合がよくないので、いつもと違う12月だった。腱鞘炎と診断されて安静にする日もあり、収穫の殆どを連れ合いに任せてもなお、右手を動かせば痛く、治りが牛歩以下のように遅く感じられる。とはいえ、年末のファーマーズマーケットへの出荷をやめるわけにも行かず、袋詰め作業では右手も左手も酷使される。右手を庇って左手を多く使うこともまた、左手を疲れさせる原因になる。右手は、手のひらの腫れが少し引いてきたにもかかわらず、完全に曲げることのできる指はない。手首も痛い。この先もこんな調子で推移するのかな?
右手の具合がこんなだから、ギターも弾くことをやめている。ギターというものは、左手で弦を押さえるので力を使うが、右手は小指を除いて4本の指で弾く。若い頃はピックを使って弾いていたが、25歳から指弾きをしたくてクラシックギターを習い始めた(習っていたのは東京時代の5年あまりだが)。以来ずっと、エレクトリックのギターでも指弾きだ。で、今月も、右手を使って指弾きしてみたが、まったく痛みはない。つまり、ほとんど指に力はかかっていないということ。脱力したような感じでなければ、6本の弦を自在に弾くことはできないのだ。しかし、大事をとって、ギターを弾いて腱鞘炎のようなものを悪化させたくはないのである。そのかわりに、曲のミックス作業などの編集をやっている。Baby Musicという曲だ。
今年は、YouTubeに1曲もアップしていない。同じ曲を1年半もやっている始末だし、ギターは7月25日のテイクでOKということにしている。それでも、わずかながらでも一日一日に進歩の跡があれば、それは小さな満足だ。期限までの納品とか、売れるものを作らなければいけないとか、そのような制約が一切無いわけだからね。ただ、ここに来て、ずっとギターを弾き続けられるかどうかがわからない、という恐怖を右手の痛みに味わっている。右手の指は動くけれど、指が腫れて指と指が軽く接触してしまうところにも問題がある。
いつか人間は死ぬものである、ということを人は知っている。ギターを弾くことができなくなるかもしれない、ということを感じてしまった時に、どういうわけか自分自身の死もこんな感じなのかもね?という安心感を同時に感じた。そうなると、ギターを弾く、録音する、曲を作る、スピーカーの音を聴く、それらのアナログ的な行為がますます愛おしくなるのだ。
今年はいろいろな世界中の曲を聴いてみたのだが、最後には、マイルス・デイビスのトランペットが一番近しく感じられる、ということに気付いて、また聴き直している。キース・ジャレットも好きだし、近頃のジョン・スコフィールドも素晴らしいが、マイルスのように自分に忠実に音楽を探していく、という行為が自然に感じられるのだ。車を運転していて彼の曲を聴いている時、右手の痛みは感じない。Baby Musicだ。
2025年12月28日
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