和歌と俳句

角川源義

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山の灯の星にまぎるる宵の秋

窓外の黒ずむ山や扇置く

妻木道来て展きたり野の芒

山脈を背に落穂拾ひの暮れにけり

窓の山脈いつしか雪の来りをり

冬ざれや瀬音ま近く湯にひたる

日のあそぶ刈田に鴉ひそと佇つ

母子二人菊をたむけて吹かれをり

藪刈つて川音近き枯野かな

犬の声尾をひき暮るる冬野かな

寒の月瀬音を後に森よぎる

日ざかりの列車武蔵野深くあり

今朝秋の波折は低く雷さかる

煎薬の匂ひ来る障子とざしけり

飯移す匂ひ夕づく落葉かな

潮しぶき来る北窓を塞ぎけり

水甕の夕日をかへす冬野宿

樹々の雪かたみにはぜて大旦

木枯の藪裾こがす入日かな

灯るまで雀かしまし門柳

握る掌にぬくとさ残る春の雨

灯ともさば雨音わたる茂りかな

山の容残して暮るる茂りかな

麦の穂のゆるる影濃き灯しどき

籠鳥の啄ばむ音や若葉冷え

月よさの湯ざめを河鹿なきいづる

宮川町田臭き朝の出水跡

潮風に籬も朽ちて柿青し

雨過ぎし田面明るし夕野分

豆の蔓延びきつて夕立上りたり

井蓋とる音の明るし雁来紅

井車のからから鳴つて月高し

汐上ぐるけはひに覚めぬ別蚊帳

鵙ないて露けき蚊帳と別れたり

木もれ日に木犀匂ふ帰燕かな

日高さを鵙うたひ来て扇置く

稲架の隙波折の白し秋桜

吾が影を踏めばつめたし草紅葉

手をしかと合はし霰に耐へゐたり

行きずりにかぐ石碑の香も冬ざるる

風来ては消す跫音にも春遅き

寝ねがたき夜は酒欲りつ冬も逝く

空の深ささびし石楠花咲きそめぬ

一つ木の花遅れたり炉を塞ぐ

独り坐せば留守居めく晴か遠野焼く

影落しゆく雲幾つ目刺焼く

ふりむけば鳥語明るし野芹つむ

匂ひ来るは芍薬かも障子ほのぬくし

花桐の夜の戸おもたくとざし来る

夕餉呼ぶ子の声さやに夏来る

郵書入れて来しやすらさを鳴く蛙

水一荷になひ去る児に夏来る

夜は秋の一湾の灯を身にあびつ

風あとの入日つめたしちちろ虫

潮風のぬくとき朝や鉦叩

海とほく夕立来る竈火移しけり

百日紅憂ひなきごと黙しをり

夕餉待つ眼悲しく蠅を打つ

かはたれの人影に秋立ちにけり

電球のぬくもり恋ひつつをれば秋めきぬ

今日は今日の晴をたのみつ冬構

いらだちの性悲しめば狂ひ咲く

どれもこれも春寒き影保ちをり

若葉冷え人さみどりに歩みよる

工場の火噴き収まりし稲匂ふ

ラヂオ止めば湯のたぎりゐて秋深き

海よぎる日のかがやかに盆の雨

宵の星かたみに灯し木槿咲く

雲の流れはてなく木槿咲きにけり

秋の蚊帳あたたかき旭の流れ来る

くらがりへ人の消えゆく冬隣

前うしろ海の凍てをり鴎白し

しはぶきの野中に消ゆる時雨かな

垣越しに芝生枯れゆくかそけさよ

日のありど人もだしゆく蓮枯るる

丘を下り来て家居かそけし冬の雲

海照りの眼にあふれゐて春近し

谷地の冷えうなじにいたく行李結ふ

足音の裏に廻りつ春隣

海苔の香に飯の座暮れて春寒き

戻りゆく墾道白し夕野分

日をかへす風のすがしく咲く

かへり待つ二百十日の灯をともす

跫音待つ身をめぐりゆく秋の蝶

ひと雨に灯ひそけき遅日かな

煎餅の香に冬ざるる街行けば

赤い灯のともり揃つて年暮るる

落ちあひし影の凍てゐる宵浅き

逝く年のひとのあゆまぬ闇に入る