ことば悦覧in 神奈川大学 2009年10月29〜11月01日  home   

 学生 小金丸信光 村上敬祐  長谷川明  坂本友里恵 杉山聖昇   

 社会人  丸山美紀・新田有平 本間義章  松野由夏 
 番外編  松田朋春  

 本間義章さん 30日 神奈川大学 6階小会議室にて 晴れ
          その01 その02  その03 その04 

 その04 

佐藤:建築は人間の感情を復元再生する器であるとだれも定義してない、
本間:そういうふうにしたいです

佐藤:それは新しい宗教建築に代わるものかな、今までは無い天国の世界を作るために建築があったけど。当時はそれは天国も地獄もフィクションであるとは考えてないからね。今の僕たちがそれを批判しても意味はないわけだけど。今は作り事が社会の中で行われることでリアルになって、リアルの境界が不明になっているので、ごちゃ混ぜ状態で区別することがむずかしいような様になっている。でそのごちゃ混ぜ過程を楽しもうぜみたいな、成熟してるというか 

本間:今のリアルってうのは キーワードとしてみんながリアルって感じてる事と僕がリアルって感じていることはひょっとして凄いギャップがあるのかもしれないなとか。それだけ価値観があまりにも分散してしまっている気がしてるので。
佐藤:建築の設計を発注する人は自分ではないから、色んな欲望やリアルに対して、自分のアンリアルとリアルを共に消化しないと、建物が出来ていかないですよね

本間:そうなんですよね。だから今はクライアントの言うことは100%は叶えられないんですけれども。出来るだけ叶えようとしつつ、その中で自分のアンリアルじゃないけど虚構な部分んていうのをそれなりに、埋め込められるかっていうのは、今のところは
佐藤:それは形に変換するときにどういう経過を辿るわけですか
本間:そうですね、前回の場合は極力なんて言うのかな。それこそマッシブでありたいふふ
佐藤:マッシブってわからないけど 単純なかたちで
本間:単純な形で でも

佐藤:大きい四角い立体に近づけるとか敷地の形状に近づけるとか色々あると思いますけど、本間さんの単純さっていうのはどういうことですか
本間:フォルム的にも単純っていうのもあるんですけれども。あとは
佐藤:状況に対して単純にということも
本間状況に対してというよりは、何だろうな。マッシブっていうことと単純ということはまた違いますものね

佐藤:発注者の意図と本間さんの意図を交差した地点に 本間的マッシブは現れていますか?そう思いますか?
本間:いや
佐藤:現れているならその話を聞きますけど今なのか中途半端であれば聞かないけど
本間:ふふふ中途半端ふふふふ
佐藤:じゃあやめておこう
本間:はい

佐藤:だいたい50分ぐらい経ったので、あとは抽象的な話で、演劇も音楽も、ダンスもコンテンポラリーな概念部分と それを具現化した時の溝をどういうふうに、埋めて、繋いでってうか架橋っていう。その行為の中で常に問いかけ往復しつつ
本間そうですね
佐藤:その行為の中で変わっていく、変容していく
本間:やはり自分の価値観だけで、今もっている価値観っていうのもやっぱり、人間だから、基準はあると思うんですよ。人に対してとか。
佐藤:基準があると他者も自分も分かりやすくなるよね、全能でないから基準すらわすれちゃう ふっふふふ
本間:まず基準を確認することから始めなければならないふふふ
佐藤:そして記録してね、引っ張りだしてこれが基準ですよと確認し続けると
本間:そうです

佐藤:必ず確認する作業が要るっていうことだよね
本間:はい。その上でそれこそ映画にしろ音楽にしても演劇にしても、そのエレメントっていうか、感動する要素、自分を突き動かしているものが何か
佐藤:凄い複雑になるよね、各領域でリアルもアンリアルも凄い多し、それらを交差させる本間的基準はそうとう複雑であると。本間さんが説明してくれない限り、理解しようがない 俺には端緒が見付からない、聞いていても俺は分からないよ! 。イメージかもな〜ボンヤリ分かるような気がするけど。それが果たして本間的なものかどうかは言えない。何か他者に分かる基準を語ってくれないと、気分だけわかって実態が分からないことになるんだよね。方法かされてないっていうことでね

本間:
そうですね

佐藤:分かり難いな〜
本間:そこは自分の中でも、ちゃんとして
佐藤:誰でも理解できる物の配列に置き換えた場合に他者が理解できる本間イズムが現れて来ないと 他者は本間を理解できないよね。不明確にするために意図的に混在させて作るっていう手法はあるけれども、だから不明確な建築であるというならそれでいいんだけど。そこら当たりもどっちつかずで、聞いていても分かりにくいね

本間:なるほど
佐藤:困った人だな〜
本間:ははははははははは
佐藤:本間さんは建築は人生のようなもんだって言うわけだから、本間さんがまだ自分の人生が明確になっていないんで、建築も不明確である。で齟齬がないと思うんだけど。生を歩みながら明確にしていくものであるということでもいいし。実は最初から明確な基準は体内にあるけれども未だ言語化・図像化などして他者に伝えることができないのかもしれないと。5年後また会うときまでの宿題ってことで、20年間の中で明快にしていただければいいかな〜と思っているので、天才じゃないって事で良いじゃないでしょうかね
本間:そうです
佐藤:努力の人だっていうことで
本間:けっけけけふふふふ、しょうがないですもの積み重ねしかないふふふ
佐藤:それは幸せなんですよ、最初から明確に分かっていると、作業量が増えすぎるのでつらいかも。 明快じゃないとその場で 頑張れるから
本間:分からないですね建築って

佐藤:分かっている人も居ると思うので同意は出来ないけど。一応本間さんの場合は、建築は未だ分からないんだと
本間:そうです
佐藤:人生も分からないけど建築も分からないんだと
本間:何なんだろうって

佐藤:日々それを考えて問い続けることが、人生であったり建築であったりと
本間:上手くまとめていただきました
佐藤:気分の話になってしまうよね、気合だって言っているのと同じだね
本間:精神論になちゃうんですよね
佐藤:成っちゃうよね現状ではね。気合だ気合だ でいいんか? 専門家としてはね。建築のことを知らない人にはそれでも面白いんだろうけども。ちょっと建築の世界に参加している人にとってはやや淋しい。建築の世界に向けて何かを問いかけてみて自分を練って観ると。分からないけど気合で作りましたでは、これが分からない建築か〜なるほど〜となる
本間:ふはあはははははは

佐藤:無理矢理でもいいからそこで嘘を吐いてみたらどうでしょうか
本間:それが出来ない
佐藤:ふあはあはははは 共にふふふふうふ事実や真実たけ言い張っていると 寺山修司に影響ないね
本間:なかなかそこまでは張ったりかませない

佐藤:あはははあはっはははははは、まずいじゃないですか〜 職業 本間義章で終わらないと〜

本間:色んな肩書きがあって最後、そうですものね
佐藤:私の職業は本間義章であったで終わらないとね。ははははは では5年後にまたお会いいたしましょう

本間:
はい


  2009年10月30日本間義章さんの記録はこれで終わりです、読んでいただきありがとうございました。 続きは20014年です

 文字起こし・文責:佐藤敏宏