TopNovelヴィーナス・扉>憲ちゃんの彼女・3

本編で残念だった佐々木さんの恋バナ


 ようするに私って、どこまでも果てしなく失礼な奴だった。
  憲ちゃんは絶世の美女ばかりを好きになるから、必然的に振られる確率が高くなる。中には物好きな人もいて最初はオッケーしてくれたりするんだけど、しばらくすると憲ちゃんの暑苦しさについていけなくなるみたい。
  とにかくナニゴトにも全力投球な人だからなあ、意中の相手をゲットしたと言うだけで舞い上がっちゃって我を忘れちゃうんだよね。私はそんな憲ちゃんもすごく可愛いと思うんだけど、理解できないって人の方が多いらしい。
  ――みんな、見る目がないんだよな〜。なんか、すごく残念だよ。
  そうは言いつつも、誰よりも残念なのは私自身だ。
  憲ちゃんが振られることを前提に、だから安心して恋の手助けをしてたなんて性格悪すぎる。もしかして、憲ちゃんの今までの恋がすべて失敗に終わったのって、実は私のせい? うーん、そうなのかも知れない。
  ……はああああっ、落ち込むなあ……。
  今まで憲ちゃんとのことは友人知人に散々言われてきたのに、みんな右から左へ流してしまってた。今までずっと憲ちゃんのために必死で頑張ってきたつもり、でもそれはすっごく迷惑だったってこと? 私、憲ちゃんの疫病神だったのかな……!?

  いきなりぶち当たった真実に、翌日になっても気分は落ち込んだままだった。
  私のバイトはファミレスのホール係。なのにオーダーはミスるわ、テーブルは間違えるわ、もう散々。今日が平日で本当に良かった、お客さんもまばらだったし。
「大丈夫? 萩原さん」
  あれ、誰かが私を呼んでいる。
  そうなんだ、私の名前は萩原小夏。この三月で大学を卒業するのに就活も上手く行かず、結局は学生時代のバイト先でぐずぐずと過ごしている。もしかすると、このままここでフリーター? あああ、親が泣きそう。
  まあ、行きてくためには先立つものがないとどうにもならないしね。ここでなら、頑張ってシフトを入れれば自分ひとりを養って行くには十分な稼ぎになる。
「はっ、はい! 平気ですっ!」
  慌てて振り向いたら、そこにいたのは田中チーフ。この人は、私たちホール係をまとめる役目をしてる。こんな風に説明するとすごく偉そうに思えるけど、実際の彼はまだ二十代半ばだし、顔は不二家の「ポコちゃん」にそっくり。
「萩原さんは元気なのが取り柄なんだから、それがなくなったら抜け殻になっちゃうでしょ〜!」
  そして、我らが「ポコちゃん」は、顔に似合わず言いたいことをバシバシ口にしちゃうタイプ。よくもまあこんなで人の上に立ってられるよなと感心しちゃうよ、これも外見の勝利って奴か。
「は、はあ……」
「あと二時間、死ぬ気で頑張って! そしたら、ゴハン奢ってあげるから」
  ――えっ、それってどういうこと……!?
  信じられない気持ちで振り向いたら、チーフはすでに煙のごとく消えていた。

 そして、二時間半後。
  私は田中チーフとレストランのテーブルに向き合って座っていた。
「どうしたの、納得いかないって顔してる」
  私服になった「ポコちゃん」は、トレードマークの蝶ネクタイがなくなって、ちょっとイメージが違う。……って、気になっているのは、もちろんそこじゃないよ。
「なんで、私がチーフとゴハン食べるんですか?」
  もしかしたら、秘密の昇級話かな? とも思った。でもそれなら、仕事場の応接室を使えばいいことだし、なにもこんな場所まで連れ出さなくたって。
  チーフが勝手に選んだここは、商店街の片隅にひっそりと佇む隠れ家的なお店。うちのファミレスみたいに「フリーザーから出した食材をチンして〜」じゃなくて、一品ずつじっくりと調理されてる感じ。
「う〜ん、理由を話す必要なんてある?」
  首をぐるりと回して思案する姿はちょっと怖い。あの首が不自然に揺れる人形を思い出してしまうから。
「別に……そう言われると困っちゃいますけど」
  今のお店に入って早一年、その間には仲間同士の親睦会とかそういうのはちょこちょこあった。でも、仲良しの女の子とならいざ知らず、男性陣とツーショットは初めての経験だったりする。
  それに、チーフは「社員さん」だしね。私たちバイトとは、一線を引いてる気がするんだ。
「……そうだなあ、前々から萩原さんのことを狙ってたんだ、とか。そう言ったら、納得してくれる?」
  見た目どおりのお行儀の良さで、オードブルを口に運ぶチーフ。
  そう言えば、私はこの人にホール係の仕事をすべて教わったんだ。最初は目も当てられなかったと思うよ、どうにもならない失敗とかもたくさんしたし。だけど、そんなときもチーフは毒舌を吐きながらもきちんとフォローしてくれた。
「いえっ、そんな取って付けたような話、信じろと言う方が無理です」
  これって、やっぱからかわれているんだろうな。だって、チーフ笑ってるし。いや、この人はこの顔がデフォルトだったかも。そういえば、本気で怒った姿とか全然想像が出来ない。
「あはは、そうだろうねえ……」
  生中を飲むチーフ、これもなかなかレアなショット。
「でも俺、萩原さんのこと好きだよ。いつも弾けてて、ポップコーンみたいなところが」
  ジョッキ半分くらいを一気に飲み干して、チーフはニコニコ顔のままで言う。
「は、はあ……」
  どこまで本気なのかさっぱり分からないが、とりあえず「ポップコーンみたいに弾けてる」と形容されて 喜ぶ二十代女子は少ないと思う。
「萩原さんって、子供連れのお客様にとても評判がいいんだよね。店のカラーにもすごく似合ってる気がする。だから、……なんていうのかなあ、今日みたいにしおれちゃうと困るんだよね」
  褒められているのか、けなされているのか、それも判断つかない。私が相変わらず腑に落ちない顔をしていたからなのだろう、チーフは少しだけ神妙な表情になる。
「何か心配事でもあるの? 俺で良かったら、相談に乗るけど」
  私はぼんやりと、チーフを見た。
  にっこり笑ったその顔は、やっぱり「ポコちゃん」。まさか不二家のイメージキャラクターに人生相談をしてもらうとは思ってもみなかった。
「……それが」
「それが?」
「大好きな人が、いきなり結婚するって言うんです」
  どこからどう切り出したらいいのかもよくわからなくて、だから前置きのない話になってしまった。もちろんチーフは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってる。
「……大好きな人? それって、『憲ちゃん』のことかな」
  あれ、チーフもご存じでしたか。
  そりゃそうだよなあ、休憩室であんなに騒いでたら嫌でも耳に入っちゃうかな。私、いつもかなり飛ばしていたから。
「ええ、……そのとおりです」
  そして、私は昨日聞いてきたばかりの信じられない話をかいつまんで説明した。あちこちが飛び抜けたりもしたけど、どうにも話が通じないときにはもう一度言い方を変えてみたりして。そうしているうちに、チーフもどうやら概要を掴んでくれたみたいだ。
「うーん、それはなかなか難解な話だね」
「そうでしょうっ! やっぱ、チーフもそう思います……!?」
  ああ良かった、この話を変だと思うのは私だけじゃなかったんだ。昨日から落ち込みすぎてたから、バイト仲間にも今回のことはまだ話してないし、自分の中でモヤモヤしたものがどんどん溜まってく状態だったんだよ。
「でも、人にはそれぞれ価値観ってものがあるし。君の『憲ちゃん』がそう決めたのなら、仕方のないことだとも思うよ」
  そこで、「ポコちゃん」がにやっと笑う。
「それに、俺にとってもこの流れはラッキーだし」

 

つづく♪ (110810)

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2011年8月10日更新

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