






2007.06.22(金)![]() 今日、社会保険事務所に年金記録の確認に行って来た。 やはり二人とも「宙に浮いた5,000万件」の対象者に入っていたみたいだ。 今日は朝から強い雨が降っていたので、もしかしたら年金の問い合わせも少ないかも知れないと思って、豊中駅の近くにある社会保険事務所の「豊中年金相談センター」に二人の年金納付記録の確認に行って来た。 予測は見事に当たり、20分程待たされただけだった。 最近になって大騒動になっているが、年金の納付記録については、二人とも以前に社会保険事務所より送られてきた内容にどうも腑に落ちないところがあったのだが、国の仕事だからまず間違いはないだろうとあきらめていたのだが... 僕は60才でリタイヤーして61才から年金を受給しているが、その時送付されてきた年金保険証書には厚生年金の加入期間の月数しか記載されていなかった。 今年3月に65才になって新たな年金保険証書が送られてきて、初めて国民年金分の納付期間が37ケ月しかないことがわかった。 20才から60才までの年金の全納付期間は480ケ月だが、その内厚生年金期間は412ケ月なので残りの31ケ月分がどうなっているのか不明のままだった。 理由さえわかれば納得できるのだが、どの期間のものが抜けているのか自分自身の記憶だけではどうしょうもなかった。 最近テレビで、社会保険事務所に訪ねてくる人に対して、最初は月数のみが記載された書類を示し、さらに納得できない人には、第2段階として年度ごとの納付記録を示し、さらに納得しない人には20才から60才までの毎月の納付記録を、しかも納付種別ごとに記入された詳細な書類をアウトプットして渡していることがわかった。 僕は真っ先に最後の段階の「月単位の納付記録」を出してほしいとリクエストした。 5分もかからずに資料が出てきたが、応対してくれた女性事務員の人の説明では、僕も20才になって手帳を交付された直後から約2年間程が未納になっているとのことだ。確かにその期間には*印が記されていた。 20才当時は東京で学生生活を送っていたので、年金については親が支払っていてくれていた。 そのため記録は僕の手元に無いのだが、当時国民年金は強制加入のはずで、20才になると自動的に年金手地が送られてきて納付する義務があったとのことだ。 当然強制保険なのだから最初の部分が未納のままで良いわけでなく、ある年月から毎月欠かさず納付(A印)されているのもおかしい話だ。 当然未納分のところからの納付となるのが常識だと思うのだが。またそのように指導していたと思うのが普通だと思う。 事務所の人も、こちらがこの疑問を問いただす前に、この未納部分が「宙に浮いた5000万件」の1件にあたますよということで、わざわざその部分を囲んでくれた。 ということは、やはりおかしいということを事務所の人も理解しているみたいだった。こんな問い合わせもかなりあるからだろう。 当時は直接社会事務所へ納付するというよりも、市役所が納付窓口に行って保険料を納付していたこともあるらしい。そのため2ケ所間の連携不備で未納扱いになったものがかなりあったことがわかっているらしい。 ぼくの件もその部類に入るのではないだろうか。やはりずさんな処理の仕方が今回の大騒動の原因になっていることは確かだ。 ![]() 家内も全く同じケースで、最初の5ケ月間だけが未納マークの*印がついていた。 6ケ月目から完納されているのだから変な話だ。もし本当に未納なら、当然毎月納付するときにこの未納部分も納付するようにとの説明があったはずだと思う。 恐らく最初の5ケ月分はまとめて支払い、役所間の処理中に不明になったのではないかと勘ぐりたくもなる。 強制保険なのだから当然さかのぼって納付処理されるのが常識だとも思うのだが。(A以下の/印は共済年金加入期間) ということで僕たち二人は、「宙に浮いた5,000万件」の2件に確実に入っていそうなのだ.... それにしても今後これらの問題の処理をどのように納得出来るように説明してくれるのだろうか。 少しでも確実に自分の納付状況を知りたい人は、やはり面倒でも社会保険事務所に出かけて行って、月単位の納付記録を出してもらうことが先決だ。 社会保険庁がこれまでこんなずさんな処理しかやってこなかったことがばれたら、現在納付している人の未納者が格段に増加することを恐れて、これまで資料を出すことを渋っていたのだろう。 そういえば3年ほど前に、どこかの政党出身の厚生大臣が「百年安心の年金」が出来たと言っていたことを思い出して笑ってしまった。あの元厚生大臣は今どう感じているのだろうか心境を聞いてみたくなった。 それから僕の場合は国年、厚生の納付、未納、未加入期間を合計すると当然480ケ月なのだが、今回送られてきた納付期間を合計するとなぜか481ケ月となり、どこの部分がだぶっていたのか説明もなかった。 61才の年金受給時に、突然国民年金分として1,400円ほどが理由がわからずに還付されて来た事があった。 それでだぶりの分が調整されたのかと思っていたが、今回送られてきた証書に記された月数を合計するとまた481ケ月なっていた。一体どうなったいるのか理解不可能? |
| 2007.06.20(水) 住民税に加えて健康保険料も大幅アップだ! 昨日、市役所から今年度の健康保険料と介護保険料の納付通知所が届いた。 昨年度の健康保険料(含む介護保険料)が343,000円だったのだが、今年は392,000円と50,000円もアップだ。年金支給額が同じなのに全く合点がいかない。 今年3月に65才を迎えたが、その時市役所から「介護保険証」なるものが送付されてきたが、そのことと関係があるのかも知れない。 これまで健康保険料は1年分前納すると割引があったので、毎年前納して少しでも節約してきたのだが、介護保険料は65才になった人からは10月分より年金支給から天引きすると記されていた。 |
2007.06.13(水)![]() 六甲山上巡りと「六甲高山植物園」へ行って来た。 梅雨入り直前の今日、ウォーキング仲間22名とともに久しぶりに六甲山を訪れた。 今年から「緑陰クラブ」というウォーキング仲間の幹事をまかされてしまった。理由は65才の僕が一番若いということらしい。 幹事といっても別にストレスが溜まるほどの仕事でもないが、月1回の郊外ウォーキングコースの選定や実際の引率などはやはり気を遣うものだ。 なんといっても平均年齢が70才の高齢者ばかりだから、いくら元気だといっても足腰などはやはり弱っている方もおられるのでなるべく高低差の少ないコースを選ぶようにはしているのだが。 今回はとりあえず六甲山上まではケーブルを利用し、初夏の六甲山のきれいな空気を思いっきり吸うことを目的にして近畿自然歩道をたっぷり歩いてきた。 ケーブル山上駅→記念碑台→六甲大通り→ホール・オブ・ホールズ→「六甲高山植物園」→六甲ガーデンテラス→六甲ゴルフ→ケーブル山上駅と約13,000歩のウォーキングだった。 メインは「六甲高山植物園」の見学だったが、広大な園内ではちょうど高山植物の女王と呼ばれるコマクサをはじめエーデルワイズや青いケシなどの多くの珍しい高山植物の花が咲き誇こり、我々の目を楽しませてくれた。 普段は6月に入ると見られなくなるといわれているクリンソウの花もまだまだ咲き残っていて、その可憐な美しさにみんな感嘆の声を上げていた。 今回は高低差のあまり無いコースを選んだつもりだったが、山であることには変わりなく、往路の登りの坂道、復路の下りでは多少疲れた方もおられたみたいだ。でも全員元気に怪我・故障もなく無事帰路に着くことが出来て安心というところだ。 帰りには服部駅で途中下車をして、仲間とビールで乾杯! |
| 2007.06.09(土) 19年度住民税納付書が届いた。 結果的にはやはり増税だったぞ! 今日、豊中市から「平成19年度 市民税・府民税課税明細書」が送られてきた。 昨年の年収(もちろん年金収入のみ)は、前年とほぼ同額だったが、住民税が大幅アップになっていた。 政府は、今年から中央から地方への税源移譲措置によって、所得税と住民税の税率変更により住民税の支払額は大幅アップになる。しかし所得税で同額分減額されているので合計支払い金額では同じだといってPRしていた。年金と同様、最近の政府の言うことはあまり信じられないので本当かどうか実際比較してみた。 これまではお上のやることはすべて正しいという前提でお任せしてきたが、これからは大事なことは自分自身で検証してみる必要があると思う。 そこで今年の算出対象となる昨年の年金年収は前年とほとんど変わらないのだから税額も果たして同額となるか。 所得税 + 住民税 = 年税額 2006年 108,198 43,550 151,748 2007年 67,164 92,300 159,464 やはり7,700円の税額アップだった。これは毎日愛用の「のどごし生」の第三のビール70本分に相当するものだ。 今年から定率減税(昨年度は3,100円)がなくなるのでその金額を差し引いたたとしても差額4,600円分については、訳の分からない実質税額アップとなっているではないか。 定率減税廃止についても小さな字句で付記しているが、よほど税に関心を持っている人でない限りほとんど理解できていないのではないか。 景気が回復してきているという理由から定率減税を廃止するのだといっても、個人の年収額は逆に下落傾向にあるのだからどう考えても廃止というのはおかしい理論だ。 景気回復による減税策廃止と言うよりはっきり、税源が不足するので増税せざるをえないとはっきりいってくれた方が気持ちがすっきりするというもんだ。 |
2007.06.04(月)![]() 今年 も27年間連続で夫婦仲良く?人間ドックへ行って来たよ! 毎年この季節が来ると、家内と二人で吹田市にある「みどり健康管理センター」という半日人間ドックに行くのが我が家の恒例行事だが、今年で27年間連続の受診だ。 このセンターは人間ドッグとしては設立以来今年で35年と歴史も古く、年間2万人程の受診者数を数え、過去にはガン発見率でも全国上位の記録もあり、地元ではなかなか人気もあり、信用度の高い機関だ。 僕 も現役時代から利用しているが、夫婦で四半世紀も連続して毎年受診しているのはおそらく僕たちぐらいではないかな。 一度ぐらいは長期連続受診者として無料にしてもらいたいほどだ。 さすが専門ドックだけあって、手順が良く3時間程で胃、胸のX線をはじめ、超音波診断、血液検査など約70項目にもわたる診断結果と、最後には結果写真を見ながら医師からの詳細な説明をきっちりと受けられるのだ。 さらに過去5年間分の診断結果が一覧表になった診断表がもらえるので自分の身体の現在の状態の推移も自分で判断できるようになっているので一層安心出来るというものだ。 なによりその日に結果がすべて分かるというのはベリーグッドだ。 ![]() 最初に受診したとき、その当時の所長がたまたま検診結果を説明してくれたのだが「人間ドックは夫婦で来るのが一番だ。折角食事や日常の健康管理の仕方をアドバイスしても、家に帰っても奥さんには正確に伝わらないことが多い。 出来るだけ夫婦一緒に受診してお互いの現在の健康状態を知っておくことが一番の夫婦円満の要素だ。出来るだけこれからも一緒に来るように」とおだてられた結果、それ以後欠かさずに毎年二人で同時に受診する事になった。 ある時この所長から学会の報告会で「このセンターには10年も夫婦一緒に受診に来ている方がおられる」と、僕たちのことを例に出して講演させてもらったと言っておられた。 元所長がまだ続いているよと聞いたら恐らく驚かれるのではないかな。 現役時代の時は会社の健康保険組合から約8割の受診料補助があって助かったのだが、一般料金での受診は一人4万5千円ほどかかる。退職後も続けるか迷ったが、たまたま僕たちが現在加入している豊中市の健康保険でもこのセンターが幸運なことに受診料補助の対象指定機関に入っており、7割の金額補助が受けられることがわかった。 おかげで自己負担額も13,150円で済むことがわかり、現在も引き続き受診が続けられることが可能となったものだ。 これまで二人とも大きな病気もせずに、還暦を過ぎてもすこぶる健康なのも我が家のこの恒例行事が大いに関係しているのではないか思う。 人間ドックに年一回程度通っておれば、まず手遅れになることはないし、早期治療も可能だろう。 また自分自身の身体の変化も時系列に把握でき、必要な治療時期も的確に判断できると思うので今後とも続けたいと思っている。 |
2007.05.23(水)![]() 久しぶりに梅田へ映画鑑賞 相方はバドミントンの試合があるとかで朝早く出かけていったが、こちらは午前中は新緑がまばゆいばかりの服部緑地にウォーキングに出かけた。 天気も良かったので散歩をする人、ウォーキングを楽しむ人、近くの幼稚園や保育園からも大勢のちびっ子達がそれぞれの目的を持って楽しんでいた。 自然の中で汗を流すのは本当に気持ちの良いものだ。現役の時は休日といってもなかなかこんな時間を持つことは出来なかったが、今は思いの向くままにやりたいことが出来る自由を満喫している現状に満足している状態だ。 これも健康であることが第一条件であることから、何時までも健康な身体の「勝ち組」でいたいものだ。 午後からは久しぶりに梅田に出かけて映画を観た。 是非観たいといういう映画もなかったので迷ったが、茶屋町のLoftの地下にある座席60席ほどの小さな映画館で上映中の「歌謡曲だよ 人生は」という映画の題名に引かれて思い切って入ってみた。 勿論シニア割引の1,000円で済むので大変助かる。 内容は過去に流行った12曲のその歌詞の内容に沿うように制作された短編ドラマの集合という感じだった。 こういう映画の作り方もあるのだなーと思いつつも2時間強の上映時間はあっという間に過ぎてしまった。 劇中の「歌謡曲」もほとんど知っている曲で、その時々の過ぎ去った自分の想い出とオーバーラップさせてしまったりして案外と楽しませていただいた。 「僕は泣いちっち」守屋 弘、「これが青春だ」布施 明、小指の想い出」伊藤ゆかり、「ラブユー東京」黒沢 明とロス・プリモス、「女のみち」ピンからトリオ、「逢いたくて、逢いたくて」園 まり、「みんな夢の中」高田恭子、「東京ラプソディ」渥美二郎など、みな懐かしい曲ばかりで、久しぶりに過去を想い出させてくれた映画だった。 |
2007.05.20(日)![]() 豊中市民ハイキングで能勢の山歩き 市民 ハイキング月例会で高代寺山頂までの山歩きに行って来た。 豊中市の広報の案内では、今回は登山靴が必要と書かれてあったので、もしかしたらかなり厳しい山歩きなのではないかと想像して、今回はパスするつもりだった。 ところが昨日夜にいつも緑地内を歩いている仲間(といっても80才近いお方)から電話があり、参加しないかと誘われた。 さすがに人生の大先輩のお誘いを断ることも出来ないので思い切って参加することにした。 集合場所の阪急豊中駅に行ってみると、なんと120名の男女の参加者が集まっていた。 緑陰クラブからも女性3名を含む7名が参加していた。 いつものことだが、集まった参加者のうち、2/3は女性だからその元気さ、パワーには驚かされる。 ![]() 阪急川西能勢口駅から能勢電鉄に乗り換えて妙見口駅で下車。 ここからまず高代寺という古い真言宗のお寺まで行くのだが、見上げると先が見えないほどまっすぐな一本道の登りで一気に気勢をそがれそうになった。 それでも気を取り直して登り始めると新緑の中を歩く爽快さと、思ったよりは緩やかな登山道だったので不思議なほど苦しさなどは感じられなかった。 ただ上を見上げると気が滅入ってしまいそうになるので常に地面を見ながら歩いていると1時間ほどで着いてしまった。 このお寺の境内でしばらく休憩(トイ レタイム)をとり、更に裏手に聳える高代寺山頂を目指すのだが苦もなく山頂にたどり着いた。 もっと厳しいかなと覚悟していたのだが、物足りなさを感じるほどあっけなく登頂してしまった感じだ。 こ れも日頃よく歩いている成果のたまもの?かもしれない。 近くの広場でたっぷり1時間の昼食タイム。 ウグイスなどの野鳥が鳴く自然の中で持参した缶ビールを飲みながらしばらく談笑したのち、次の目的地に出発。 自然遊歩道をしばらく歩くと、下界に新興住宅地の一戸建ての大きな団地群が見えてくる。 新光風台団地 のちょうど中央にある「しらかば公園」というところにトイレタイムで立ち寄るが、不思議なことに公園の名前の白樺の木が何処を探しても見つからなかった。 ![]() たまたまこの団地に住んでいる会社時代の友人に、近くの「しらかば公園」に来ていると電話してみたが、本人もこの公園の名前は知らない様子だった。 地図にもちゃんと名前が載っているのだが、もしかしたら昔は確かに白樺の木があったのかも知れないが、大きくなりすぎて切ってしまったのかも知れない。 ここからは更に山に入って新光風台自然遊歩道といわれる山道を上り下りしながら一路終着地の能勢電の山下駅を目指す。 この遊歩道は道は確かにあるのだが、倒木などが道の上に倒れていたりしてあまり整備されているとはいえない。 今回のコースを担当する女性リーダーが下見に来たときに、ルートを間違わないようにポイントごとのコーナーの木にリボンをくくりつけておいたみたいだ。そのリボンを頼りに歩いていくのだが、その方がスリルも少しあって山歩きをしている実感もあるみたいだった。 予定通りの3時半頃に山下駅に到着して解散となった。 今回は約9キロの行程であったが、当初想像していたほどの厳しさもなく、新緑の山歩きが出来た方の気持ちの方が強かった。 |
2007.05.18![]() 一目百万本のツツジ満開の葛城山に! 先日の日曜日の新聞に葛城山のツツジがちょうど見頃を迎えているという記事が出ていたので、早速マイカーを飛ばして女房殿と葛城山に登ってきた。 昨日の天気予報では今日日中は晴れのはずだったのだが、出かける寸前に雨がポツリときたので、また予報がはずれたのかと思ったが、幸いたいしたこともなく、葛城山に着く頃には天気が回復していたのでほっとした。 朝9時前に自宅を出て、中国道→近畿道→阪和道→南阪奈道と高速道路を乗り継ぎ、約1時間ほどで葛城山ロープウェイの山上駅には1時間ほどで到着してしまった。 最近南阪名道が開通して直ぐ近くの葛城インターで降りられられるようになったのが早く着けた原因かも知れない。 途中の道も狭く、ちょうど今がシーズン真っ最中なので渋滞も激しいのではないかと危惧したが、拍子抜けするほどスムーズに目的地に着いてしまった。 駐車場の係りの人の話では今日は案外と空いているが、明日からの週末は間違いなく長蛇の混雑になるだろうと言っていた。 ウィークデーに来られるのはやはりリタイアーしたシニアの特権かも知れないなとうれしくなったものだ。 ロープウェイの駅の直ぐ横から頂上までの登山道もあるのだが、なんと言っても960mの高山でもあるし、720円を払えばロープウェイで山頂まで運んでくれるので今回はこれを利用させてもらうことにした。 約10分ほどで一気に登っていくので途中耳の調子が空気圧の急激な変化でおかしくなるほどだった。 葛城山山上駅に着き、そこから20分ほどよく整備された新緑が美しい遊歩道を登っていくと、突然反対側の山の斜面に真っ赤なツツジで覆われた自然ツツジ園が目に飛び込んできた。これが「一目百万本」といわれる葛城山のツツジだ。 山上から見下ろすと感嘆以外の言葉がないほどの美しさだ。色あざやかな紅色で山肌一面を覆い尽くしている光景は写真ではよく見るが、実際に目で見る光景はまた全然違った感動がわき起こって来るみたいだ。 吉野の桜も素晴らしかったが、これに負けず劣らぬ程のまさに圧巻の光景だ。 ![]() 早速山の斜面を降りて、ツツジの群生の中に突入して、まだ少し時間は早かったが昼食タイムを楽しんだ。 この葛城山の山頂からは東には大和盆地・飛鳥・山の辺の道方面、西は大阪湾や淡路島、南は雄大な金剛山、北には二上山や信貴山などの山並みが眺望される360度の視界が拡がる絶景の山だ。 説明によるとこの葛城山の地名は、昔、神武天皇が大和平定時にこの土地で抵抗を続けていた地元部族を鎮圧するときに使用した道具が、葛のつるで作った網だったというと事から、この葛城の地名が生まれたと言われている。 事実かどうかわからないが、伝説は疑問を感じずに素直に信じた方が楽しいものだ。 1時間ほどツツジに囲まれて休憩した後、近くの自然研究路を野鳥の声を聞きながらウォーキングを楽しんだ。 当初の予定では帰路はロープウエイを利用せずに、登山道をおりる事も考えていたので少し安くなる往復切符は買わなかったのだが、途中出会った登山客に話を聞いたらかなり厳しいところもあるよと言われて、結局断念して復路もロープウエイを利用させてもらった。 でも90分ほどあれば大丈夫だと後で聞いたので、秋のススキの時期にでも一度挑戦してみるのも良いかなと思っている。 |
2007.05.05![]() ゴールデンウィークも終盤! 今日は「子供の日」! 予報では曇りのち雨という事だったが、またまたはずれで朝から太陽が燦々と輝いているではないか。やはり子供の日には天気の日がよく似合う。雨に濡れた鯉のぼりなどあまり見たくないものだ。 それにしても日本の子供は26年間連続減少しているということだ。これは本当に深刻なことだ。 原因はいろいろあるだろうが、最近は別に結婚しなくても男も女も不自由なく生活していける便利な社会になってしまったことが理由なのかも知れない。 かって適齢期といわれた年齢に達した男性も、コンビニの発達で何処にいても食事の心配はしなくてよいし、洗濯も電気のスイッチを入れれば仕上げまでやってくれるから別に結婚しなくてもなにも不自由を感じることもないからかも知れない。というと女性は怒るだろうが.... 女性も自分一人生きていこうと思えば、ある程度は働ける場所も確保されるようになり、無理に結婚して自分の人生が束縛されるより、今の人生を自由に過ごしたいと思う人が増えているのだろう。 今を愉快に過ごせれば良いと思うのは勝手だが、自分が老いたときの生活設計がどこまで描けているのだろうか。 お互い相方を必要としない考えが強いうちは、独身男女が増え続け、当然子供誕生の減少が続くことは当たり前の結果だ。 たとえ結婚して子供を産もうとしても、いまのような核社会が続く限りは2人までが限度に近く、過去のような4人兄弟が普通だった時代再来は100%実現不可能な話だ。 だからといってすでに高齢者になってしまった我々に長生きはするなといわれても困るが。我々高齢者にはもう頑張る手段はないのだから、傍観する以外打つ手なしというところだ。 さて、先月末から続いていたゴールデンウィークもいよいよ終盤だ。普段長期休みの経験が乏しいサラリーマン諸子にとっては、この期間を有意義に消化するのに疲れたひとも多いのではないだろうか。 僕のように一年中ゴールデン日々を過ごしている者にとっては退屈極まりない日々だ。 旅行するにしてもこの時期は特別料金を取られるし、何処にいっても人、人、人の波なのは目に見えているので、僕などはこの期間中まさに引きこもり状態が続いている。 この一週間は家の整理と毎日スポーツクラブで適当な運動して汗を流すぐらいの平凡な日々の連続だった。 |
2007.04.15![]() 井川谷上流から明石まで約10キロのウォーキング! 豊中ハイキングクラブ主催の「市民ハイキング月例会」に緑陰クラブの仲間6人と参加して、井川谷沿い堤防を明石まで約10キロのウォーキングを楽しんできた。 今回のウォーキングは途中の高低差もほとんどなく、約25,000歩と歩いた距離が長かった割にはほとんど疲れを感じることはなかった。 天候も薄日だったおかげで汗もあまりかくこともなく最適のウォーキング日和だった。 延々と続く堤防にはまだ桜も満開状態が続いており、約80名の参加者ものんびりと桜鑑賞を楽しむことが出来た。 3時間ほど歩いた後、明石城跡を中心に整備された広大な面積を誇る明石公園に到着。 園内には多くの樹木や植物が植えられており、「日本の都市公園100選の地」や全国「さくら名所100選の地」に選ばれているほど桜の木も多く植えられている。 まだ十分桜の見応えが残っている城内には日曜日とあってか、家族連れも多かったが、静かな高台の広場を選んで昼食タイム。 ![]() 昼食後は「明石」といえば、昔教科書で習った「東経135度」の地点が日本標準時の場所として有名なところだ。 ちょうどこの地点を示すところにトンボ型の子午線標識の棒が立てられている。この子午線標識棒の南側の延長線上には「明石天文科学館」が建っているが、現在の正確な地点は実際には東の方向に370mほどずれているらしいといわれているみたいだが...。 また日本で東経135度に位置する市町村は豊岡市、福知山市など現在12市ほどあるが、やはり「子午線のまち」といえば明石というのがいまでも一番有名であることには変わりないみたいだ。 ここから歩いて少し行くと明石海峡大橋が間近に望める明石海岸にでてしばし休憩。 桟橋では休日の成果家族連れも含めて大勢の釣り人が釣りを楽しんでいた。 さらに解散場所の活きのいい魚やタコで有名な「魚の棚商店街」を散策して帰路に就いた。 この豊中ハイキングクラブは時にはかなり険しい場所への山歩きなどもするのだが、珍しく今回は平坦地ばかりで、ウォーキングとしては少し物足りないほどだったが、歩く距離だけはたっぷりとあった。 |
2007.04.09![]() ウォーキング仲間で桜満開の吉野山へバス旅行! 緑陰クラブの4月月例郊外ウォーキングで、仲間19名で桜の満開で見頃を迎えている奈良・吉野山に行って来た。 今回は阪急トラッピクスの観光バスを利用させてもらった。理由は料金が五千円弱と格安で、しかも朝・昼・夕の3食付きで、吉野山滞在が4時間とたっぷりと花見が楽しめること、さらに集合場所が会員のほとんどが自宅から徒歩圏内の集まりやすい阪急曽根駅という4拍子が揃っていたことだ。 ![]() 出発までは、ちょうど今が見頃を迎えているのと、この時期は毎年全国から大勢の観光客が押し寄せてくるので、恐らく途中の道が大変な渋滞に見舞われるのではないかと覚悟していたが、月曜日ということとは直接関係がないと思うがなぜか予想は見事に外れてしまった。 高速道路はもちろん一般道もほとんど渋滞には巻き込まれず一気に吉野山の駐車場までたどり着けたのは全くの予想外で大変ラッキーだった。出発から3時間ほどで到着だ。 早速添乗員さんから昼食のお花見弁当を受け取って、駐車場から金峰山寺に向かう途中のおびただしい数の商店街を抜けると眼下には素晴らしい光景の満開の桜が眺められるところに出た。 一目千本といわれる吉野山だが、山全体にはシロヤマザクラを中心に約200種、3万本もの桜の木があるということだ。 ちょうどこの時期は下千本、中千本といわれるところが満開で、上千本あたりも七分先ぐらいで山全体がちょうど絶好の見頃というところだった。 見晴らしのよいところで、のんびりと弁当を広げて吉野の花見を堪能した。 今日は天気も快晴で、絶好の花見日和の一日を満喫した。 今年の桜の花見はここが最後になりそうな感じだ。 |
2007.04.06![]() 「ミイラと古代エジプト展」見学と神戸港クルージングを楽しんで来た! 神戸市立博物館で開催されている「ミイラと古代エジプト展」に女房殿と二人で見学しに行った。 平日であったこともあり想像していたよりも空いていた。同時に最初の見学順路として、幅11メートルもある大型スクリーンの3Dシアターに集合し、20分間ほど上映されるミイラの立体映像を見ることから始まるため、ここでうまく入場を規制出来るようになっているようだった。 おかげで想像していたよりもスムーズにすべての展示物をゆっくりと見ることが出来た。 会場には、大英博物館が所蔵している約3000年前の古代エジプト人の実際のミイラが収められた棺や、護符類など約130点ほどが展示されていて、古代エジプト人の死生観や信仰の一端を感じ取ることが出来るよううまく配置されていた。 最初の3Dシアターでは入場時に配られる立体眼鏡をかけて映像を観るのだが、その圧倒的な迫力とリアリティーには圧倒された。 以前は実際に棺を開けてみなければ内部のミイラの様子は解明できなかったのだが、現在はCTスキャンとCGを組み合わせた最先端テクノロジーによって、棺やミイラの包帯を解くことなく内部を細部に渡って覗くことが出来るなど驚異的な科学技術の進歩には驚かされた。 一方、実物のミイラは逆に観ることが出来ないもどかしさは残るが、歴史の遺物を後世まで守るためにはこの方法の方がベターなのかもしれないと納得した。 でも他の護符類などの展示物を併せて鑑賞することによって、興味本位ではなく、3000年前の実際のエジプト人の生活の一端も覗くことが出来てなかなかよかった。 ![]() 快晴でもあったので、「エジプト展」見物の後は神戸港クルージングを楽しんだ。 乗り場に向かう途中、有名な「メリケン波止場」に寄ったが、今では何事もなかったように綺麗な港に変身している神戸港も、12年前の神戸淡路大震災時に壊滅的な打撃を受けた当時の様子が、当時のまま保存されている場所があった。 想像以上の被害に遭ったことは、同時に展示されているパネルやビデオによって詳細に説明されており、改めて災害規模の大きさを知ることが出来た。 自然の計り知れない巨大パワーの下では人間の無力さが実感できるが、それを元通りに修復してみせる人類の力もまたすごいものだということも感じさせてくれる場所でもある。 折角、神戸港に来たのだから神戸クルージングを楽しむのも良いのではないかと思い、前日にハーバーランドから神戸港を巡る観光船「コンチェルト号」に乗船する予約を入れておいた。 ![]() 1日4便ほど出るのだが、午後からのコースということでケーキやフリードリンクを楽しみながら神戸港を巡る「ティーコース」を予約した。 15:00出航で約1時間半ほどの乗船時間なのだが、明石海峡大橋近くまでいってUターンしてくるコースになっている。 船内ではフルートやピアノの生演奏などもあり、ゆったりと時間を過ごす事が出来た。 団体客などもいた関係で船内は満室だったが、すべて指定席なので混雑感は全然感じなかった。 当日は快晴で神戸港は勿論、周囲の六甲山などもくっきりと眺めることは出来たが、明石海峡大橋の近辺ではやはり中国黄砂の影響からか、かなりもやがかかった状態で少し黄色ばんでみえた。 今日は朝は博物館見物、午後からは神戸港クルージングとゆったりとした時間が過ぎていった。 帰りはいつもの通り、スポーツクラブに寄り風呂でゆっくりと汗を流し帰路に就いた。 |
2007.04.05![]() 服部緑地も桜満開! 早速「緑陰クラブ」で花見会! この時期、関西のほとんどの桜の名所ではすでに桜も満開を迎えているところも多く、どこも花見客で賑わっているようだ。 今日は服部緑地内に元気なシニアの人達が自然発生的に集まって歩く恒例の木曜ウォーキングの日だ。 正式の「ふれあい健康教室」は12日から新年度が開催されるのだが、待ちきれない人も多く、天気も良かったこともあり150名ほどの人達が集まった。 今 日のウォーキングのリーダーも特に気を利かせてくれたのか、広大な服部緑地内に散在する桜の木々のある場所を中心にコースを選定してくれたおかげで緑地内の満開の桜をほとんど見ることが出来て参加者はみんな大満足だった。 ウォーキング終了後は「緑陰クラブ」の30名程の会員で梅林内にある大きな桜の木の下で花見会を開いた。 会員の中には元ゼネコンの方もいて手際よく16帖ほどのブルーシートを広げてあっという間に花見会場を設営してしまった。 ビールやお酒の買い出し、弁当、おつまみの買い出しなど手分けして行い、あっという間に宴会が始まった。 それぞれの経験を積んで来た人達が知恵を出し合って実にスムーズに事態が進むのはさすがだ。 大きな満開の桜の下で鎮座されている元姫様たちも、今日は可憐な桜の花びらによくマッチしていっそう若々しく見えた?みたいだ。 3時間ほど楽しい時間を過ごしお開きとなったが、皆さんのよく食べ、よく飲む元気な姿を見ているとまだまだ日本の平均年齢は伸びることは間違いなさそうな感じもしてくるよ。 |
2007.04.02 ![]() いよいよ4月だ! 桜の季節だ! 先月末に仙台から帰ってきたが、近所の桜の開花もかなり進んでいるので、やはり大阪は暖かいというのが実感だ。 仙台などは梅の花が今見頃を迎えていているほどだから、桜などはまだつぼみも小さく、開花はずいぶん先の事になるのだろう。 梅に比べて桜などは咲いている時期が短く、すぐ散ってしまうので心配していたが間に合ってよかった。 やはり満開の桜をみないと春の訪れが実感できないからだ。 ウォーキングによく行く服部緑地も5分咲き程度で、これから天気が良ければ一気に満開を迎えそうだ。 すでに5日には緑地内で花見の会がセットされている。今年は最高の場面での花見になりそうなの今からでウキウキ気分だ。 |
伊吹山・山頂
裕ちゃん
