2006年07〜09年
2006年04〜06月
2006年01〜03月
2005年10〜12月
2005年07〜09月
2005年04〜06月
2005年01〜03月
今年のテーマソングも裕次郎の「赤いハンカチ」をビートルズ?さんの演奏でいきたいと思います。

たまには僕がまだ元気でいることを確認しに来てください
2006.12.21

 豊中緑地村・緑陰クラブの忘年会

 緑陰クラブは、現在50歳から最高齢78歳までの30名程の会員がいて、毎週木曜日の午前10時に服部緑地に集合して、準備体操の後その日のリーダーを先頭に約1時間ほど自然豊かな広大な緑地内のウォーキングを楽しむオールシニア年代の集まりだ。

 一応会員制度でスポーツ保険などにも入っている関係もあり年間会費も集めているのだが、毎回会員の倍以上の男女のシニアが集まってきて一緒にウォーキングを楽しんでいるのでそんなに厳しいクラブではない。

 クラブの活動は毎月1回は緑地を離れて、各地名所や低山ハイキングなども楽しむ事にしている。

 今日は年も押し迫ったので、ウォーキングの後反省会も兼ねて忘年会をやろうということで、近くの「太鼓亭」という食堂?で食事会をやった。昼間からだが男性会員の多くは当然ビールやお酒なども飲むと言うことで、いつもは自転車の人も今日は歩きできた人もかなりいた。

 最近は自転車の飲酒運転も取り締まりが厳しくなったので、皆さん用心深いのだろうが運悪く捕まれば、ほとんどが年金生活者なので高い罰金を払うのに四苦八苦しなければならないからなのかも知れない。

 2時間ほど食事会を楽しんだ後、有志だけでカラオケへ。最近のカラオケ屋さんも過当競争なのかずいぶんと料金が安くなったものだ。

 平日だと12時から19時まで唄い放題で600円という低料金だ。しかもドリンクバー付きだから時間つぶしにはもってこいの場所だ。

 ここで3時間ほど各人それぞれの歌唱力で持ち歌を熱唱し、日頃のストレスを解消した。といってもすべてがリタイヤー組だからストレスなどほとんどないと思うが...

 3次会「八剣伝」という居酒屋で開催だ。
 カラオケ屋から少し距離があるのだが歩くのを苦痛にしない者ばかりなので短時間でなんなく移動だ。

 この店は「マルシェ」という上場会社のグループ経営なので、株主優待券が利用できるのでかなり安く上がるのだ。
1人に付き千円の優待券使用が可能だからビール2杯半が無料になるという計算だ。
 僕の他にも株主がいて優待券も豊富にあり、参加者全員が利用できたのでかなり安上がりの三次会だった。

 今日は昼から夜までお酒とのつきあいなので少し明日からセーブしなければと思いつつ、帰路に着いた。

2006.12.13

 今日も?回目かの忘年会。

 12月に入ったからといっても特別に生活状況が変わることもないのだが、やはりこの月は物事の締めくくりの行事を行わなければなにか落ち着かない気持ちになるから不思議だ。これは日本人特有の気持ちなのかも知れない。

 リタイヤー後は日常的には特に接触がない知人とも、年末にはやはり一度は会って近況を語り合い、お互いの無事を確認したおきたい気持ちも強いものがある。

 そんなときに忘年会の名の下にいろいろな友人、知人からお声がかかってくる。ありがたいことだ。

 今日の「忘年会」は、僕の元勤務先の現役の姫様一人を含み、完全年金生活者3人、現在は他会社勤務2人の6人のメンバーが阪急伊丹駅前の居酒屋「白木屋」に集まった。

 今回のメンバーは全員元会社の関係者ばかりだが、何かの目的を持ったグループというより幹事役のY氏がメールでかき集めた人達と言った方が正解みたいだ。

 でもお互いすべて会社時代の知り合いなので全然違和感もなく、今の会社の現況やお互いの日常生活の出来事など話題も尽きることなく楽しい時間を過ごすことが出来た。

 この時期には、ほとんどの会社もボーナスは支給済みなのだろうが、現役サラリーマンの忘年会らしき会合で店内はかなり混み合っていた。

 2時間ほどの談笑後の二次会は、珍しく全員で近くにある今日の幹事Y氏行きつけのスナックの「恋女」に移動してカラオケ三昧を楽しんだ。ただ店名が「変女」?とも見えるので最近は眼が少し悪くなったのかもしれないな。

 僕はバカの一つ覚えのような石原裕二郎の「赤いハンカチ」や「こぼれ花」にマイクを握った。
ストレス発散にはカラオケが最高の手段だが、今の僕にはストレスがないのがストレスになっているほどだがでも十分に楽しめた。
 時間的にはまだ少し早かったのか店内は我々の貸し切り状態で全員自己陶酔しながらのカラオケだ。

 全員大いに盛り上がったところで、まだ現役の方もいるので10時前には解散だ。案外健全な忘年会だった。
忘年会開催にお世話をかけたY氏に感謝だ。 謝!謝!

2006.12.10

 今日はボーナス・サンデー?

 我が家には2台のCanon製のスキャナーがあるのだが、その2台とも最近相次いでカラー画像の取り込みが出来なくなってしまった。修理に出したらどの程度の費用がかかるのかを調べに梅田のヨドバシカメラに行って来た。

 修理コーナーのスペースも広くて良いのだが、最近の電子機器などのハードについては少しでも調子が悪くなると自分で直すことはほぼ不可能なので大勢の客が待合室に並んでいた。

 修理コーナーの前には、実際に修理に出す前におおよその概算価格表が掲示されているのだが、スキャナについては5,000〜18,000円程度がかかるとのことだ。

 不思議なことだが同じ程度の新品のスキャナが1〜2万円程度で販売されているのだから、修理すべきかどうか大いに迷ったが今日は結論が出せないまま終わった。
一度キャノンのサービスセンターに問い合わせてみた方がよいのかと思ったためだ。

 それにしても今日はサラリーマンには待望の年末ボーナスがすでに支給されたのかパソコンや薄型テレビなどの高額商品を買い求める顧客で店内は大混雑だった。うらやましいーな。

 ところで朝早く、女房殿が箕面スカイアリーナで開催されるヨネックス主催のバトミントン大会に出るので会場まで送ってほしいとのことだったのでマイカーで会場まで送っていった。
帰りに伊丹空港に寄って、女房殿のANAのマイレージカードにたまったいたポイントをEdyという口座に組み入れるためだった。

 勿論初めての事だったので、現場で迷わないように前日パソコンから変換手順をアウトプットして万全を期していったのだが、現場の担当の女性が勝手に(親切に?)さっさと機械を操作して変換してくれてしまった。
こちらがシニアなので親切心でやってくれたのと思うが、少しショックだった。

 最初はセレクト商品に交換しょうとあれこれ商品を検討したが、特に気に入った物がなかったのでいま話題のEdyへの交換を選択することにした。
一万ポイントで一万円分に交換できるのだから、こちらのほうがいろんな選択肢があって良いみたいという結論に達した。
 使用できる店舗も空港内のほとんどの店舗や市内のコンビニ、レストランなどかなりの店で使用可能らしいこともわかった万々歳だ。

 ところで僕のカードのポイントはすでに楽天のポイントと交換した。こちらは宿泊ホテルの金額の一部として利用できるので仙台行きの個人旅行などに以前からかなり利用している。
今年はカナダへの海外旅行もしたのでポイントも多く貯まった結果だが、年末のささやかなボーナスみたいなものだ。

 夜になって、女房殿がニコニコしながらバトミントン大会から帰ってきた。
シニアクラスの部で1位になったということらしい。この調子だと当分バトミントンから足を洗うこともなさそうなみたいな予感がするが...
とりあえず家から1分ほどのところにあるロイヤルホストというファミリレストランでささやかな祝杯をあげてやった。

2006.12.08

 ついに知人が本を出版したので早速購入してきた。

 僕が定年退職をするまで30余年も勤めていたインテリア総合会社(=東リ梶jに同期入社(但し僕は中途入社だったので彼より2歳ほど年上)の友人がやっとというかついにというか、定年退職後自ら独力で立ち上げた「インテリア文化研究所」の設立2周年を迎えるのと同時期に、これまで蓄えてきた知識の集大成とも言うべきインテリアに関する本を出版したとの通知を受けた。

 早速、阪急梅田駅にある紀伊国屋書店に買いに行ってきた。
大型書店なので探すのにも苦労するのかなと思ったが、店内に設置されている端末機器で著者名の「本田榮二」と入力すると、瞬時に売り場の位置と在庫ありとの表示が現れて驚いた。
 
 コンピューターのおかげで在庫管理などは完璧に行われていることがよく理解できた。
 本当に便利な時代になったものだ。

 彼が本の出版を準備中との話は以前から聞いて心待ちにしていたのだが、退職後も新聞・雑誌への寄稿や講演などで全国を飛び回っていたためか、なかなか執筆まで時間がとれないのではないかと心配していたものだ。

 今回彼が出版した書籍名は「インテリアの話」(発行元=褐ワ曜書房)というA5版で420ページもあり、手に取るとズシリと重いなかなか立派な本だ。

 それよりも内容が素晴らしく、世界のインテリアに関する興味ある記事満載で特にインテリアの知識がなくても一気に読めてしまうほどの興味満載の充実した内容になっている。

 38年間インテリア業界一筋に打ち込んできた結果の博識振りは勿論だが、その洞察力、執筆力もなかなかの出来前だ。
現在我が国のインテリア業界に置いては彼はすでに間違いなくその第一人者の立場にあると言っても過言でないかと思われる。

 またインテリアに関する環境問題についても関心が高く、この分野における我が国のオピニオンリーダーとしても今後ますます活躍していってもらいたいものだ

 定年後完全にリタイヤーしてしまった僕と違って、まだまだ気力十分でインテリア文化の発展に尽くそうとする彼の姿勢に拍手喝采だ!

2006.12.02

 いよいよ師走だ!

 12月に入った途端一気に寒さも加速し始めたようだ。さすがに朝夕の冷え込みもこれまでとは違った感じもする。
現役時代の時は師走という声を聞くと、忘年会なども含めてなにかとあわただしい気分になったものだった。

 リタイヤしてしまった今では別に今月中に仕上げなければならない事柄などなにもないのだが、気分だけはやはりそわそわしてくるのも長い習性のせいなのかもしれない。

 紅葉見物もそろそろ終わりだし、年賀状を作成するのもまだまだ早いし、今はボーナスもないので買い物にも行く気もしない。今はなにもやることがないのが正直なところなのだが。

 そんな中でも今月の唯一の楽しみはなんといっても保有している持株の9月決算の会社の配当金が送られてくることだ。僅かばかりのボーナス気分を味わえる楽しみがあるというものだ。
 ただ現在の保有株式の会社は中間配当金を支払わないところが多いのが少し残念なのだが。
 
 ところで今回その配当金を元手にして我が家の元姫様にいま流行の電動自転車を買ってやった。

 現在使用しているのは、すでに27年間も乗っているブリジストン製の自転車なのだが、さすが昔の自転車は頑丈に出来上がっていて現役としてもまだまだ立派に通用するものだ。

 ただ乗り手がバトミントンの練習に行く時に重い荷物を背負って坂道などを上がるのに少し負担がかかる年齢になってきたのと、毎日3食づくりのお礼?のつもりと、少し僕の点数稼ぎも魂胆にあったのだが...。

 ところで電動自転車の発売当初はかなり車体も重く、しかも高額だったのだが、現在は値段もかなり安くなってきたので最近は街中でも多く見られるようになってきた。

 近所の自転車屋さんにはあまり置いていないらしいので、先日多くの車種が陳列されている梅田のヨドバシカメラまでわざわざ二人で買いに出かけたのだが、やっと今日届けられたのだ。

 店では価格的には5万円台から12万円台までと幅が広くて迷ったが、最終的な決め手はリチウム電池搭載42キロの走行距離の長さスタイルの良さが気に入って、今回はナショナル自転車製のリチウムビビDX車に決めた。 

 早速乗り回していたがなかなか快適みたいで満足そうでほっとしたところだ。
この調子だと当分はまだバトミントンを続けられそうな感じだ。
 でも僕は1万円もしないオンボロ自転車で毎日服部緑地まで漕いでいっているのだが。まー仕方ないか!

2006.11.29

 紅葉見物に京都へ

 朝から快晴だったのと、今が京都の紅葉の見頃とテレビでも盛んに取り上げているので、ウォーキングを兼ねて京都に出かけてきた。

 女房殿はバトミントンの試合があるとのことで早朝から出かけてしまったので、今日は一人旅だ。

 京都ではこの時期どこのお寺でも紅葉名所として自慢の庭を開放しているが、拝観料がかなり高いので何カ所もまわれないのが残念だ。

 そこで今年の京都紅葉見物は知恩院→円山公園→高台寺→清水寺のコースを巡ることにした。

 阪急電車の京都河原町で降りて八坂神社方面に向かった。歩いても15分ぐらいの距離だ。

 八坂神社の境内を抜けて左に曲がると、すぐに除夜の鐘で必ず登場する浄土宗総本山の「知恩院」の境内に入ることができる。

 ここは法然上人が念仏を布教した寺で、三門は日本最大の木造の門で、特に御影堂は間口が45mもあり、鐘を突くのに17人もの力が必要といわれていなど、とにかくなにからなにまで豪快なお寺だ。

 また本堂の屋根の下には彫り師の左甚五郎が忘れていったと伝えられている忘れ傘も眺めることが出来る。
また廊下を歩くとキュッキュと音が鳴る有名な「鶯張り廊下」など、なんとも話題の多いお寺だ。

 本堂は堂々とした立派な建物だが、誰でも拝観のため本堂内に上がることが出来る。
前庭も広々としていて京都のお寺の中でも僕の気に入っているお寺の一つだ。ただ残念なことに境内は紅葉している樹が少なかったので、すぐ近くの円山公園に歩を進めた。

 円山公園は全国的にも有名な「祇園桜」や多くの立派な桜の木が多いのだが、カエデなど紅葉する樹が思ったほど多くなくて少し期待はずれだった。桜の時期には身動きできないほどの観光客で込み合うのだが、この時期は閑散としていたのは意外だった。

 ここで簡単な昼食を済ませてから、「ねねの道」を通って「高台寺」に向かった。

 このお寺は秀吉の妻だった寧々(ねね)が夫の菩提を弔うため建立したお寺としても有名だが、この時期紅葉が特に美しい庭のあることで多くの観光客が訪れる。今日も満員だった。

 数年前に一度訪れたことがあるがあまりの美しさに長い時間、その美しい紅葉を眺めていたことが思い出される。
拝観料も700円と高いのだが、それだけの価値がある庭の紅葉がちょうど見頃を迎えていた。

 特に池の周りの紅葉が水面に写って今日も素晴らしい光景だった。
多くの観光客も感嘆の声を上げていた。

 高台寺を出て少し歩くと、観光場所として多くの人々が訪れるている有名な二年坂や三年坂を通って「清水寺」に向かった。
 とくに三年坂で転ぶと「3年以内に死ぬ」という伝承があるので慎重に歩く必要があるということだ。

 この坂を上がりきり左に曲がると五条坂と呼ばれる両側にはびっしりと並んだお土産屋が軒を連ねる参道にでる。この参道を抜けると、仁王門や三重の塔、阿弥陀堂が建つ境内前にたどり着く。

 ここは「清水の舞台から飛び降りる」という台詞としてあまりにも有名なお寺だ。
 ここの本堂は1本の釘も使わず、139本の柱を組み合わせた豪華な舞台づくりの建物で、この舞台からは京都市街を見渡すことも出来る。

 この清水寺にはすでに数え切れないほど訪れているが、やはり桜や紅葉の季節には何時来ても清水の舞台からの見晴らしは絶景で、素晴らしいの一言に尽きるほどだ。

 でも本当はこの本堂を降りて下から清水寺を眺める方がずっとこのお寺の美しさが理解できる。
ただ下から、あるいは斜めから清水寺を眺めてみると、太い木で組まれた廊下あたりが少し傾いて前にせり出しているような感じがしたが実際はどうなのだろうかと疑問を持った。
 境内の紅葉もちょうど見頃を迎えていて真っ赤な紅葉したカエデや紅葉はやはり迫力満点だった。

 今年の紅葉見物もこれが最後かも知れないと想いながら帰路に着いた。

2006.11.26

 「地下鉄に乗って」という映画を見てきたが....

 Y紙の販売店から映画の招待券2枚もらっていたのだが、期限も迫ってきたので池田に2人で観に行ってきた。

 「地下鉄に乗って」
と、神戸大震災をテーマにした「ありがとう」のどちらを観るか迷ったのだが、前者の方が11月で終わるのと題名に引かれて前者に決めた。

 この「地下鉄に乗って」浅田次郎の同名の小説を忠実に映画化したものだと言うことだ。でも僕はこの小説家のことは全然知らないのだが女房殿は知っているとのことで驚いた。

 内容は「地下鉄で過去へとタイムスリップした男が、過去のトラウマに立ち向かうという物語」だ。
 長い間、父と疎遠だった息子を演じるのは、以前観た「ALWAYS 三丁目の夕日」でも出演していた堤真一。その父親の青年時代から老年までを大沢たかおという俳優が表情豊かに好演していた。

 昭和初期の東京メトロの地下鉄車両を実際に使用したシーンや、東京オリンピックの頃のレトロな街並みも良く再現されていた。

 ちょうどこの時期に僕は東京で学生生活を送っていたので懐かしく観られたのだが、肝心の物語の筋道が、過去の場面になったり、現実に戻ったりともう一つ理解するのに困難だった。

 小説を忠実に再現しょうとしたためかも知れないが、小説を読んでいない人にとっては、前半は良く理解できずに観ていたのではないかと思う。僕も同じで後半になってやっと筋道がわかってきた程だ。観ていてなかなか疲れる映画だった。

 筋道を理解するのに疲れたので、帰りに映画館から歩いて10分ぐらいのところにある五月山公園に紅葉を見に行った。
 鑑賞するにはちょうど見頃の紅葉だった。

 この公園は桜の咲く時期には大勢の花見客でいつも混雑しているが、今の時期は比較的空いているみたいだ。

 桜やカエデの樹で園内は埋まっているため、この時期は真っ赤に紅葉した木々やイチョウなどの黄色の木々がうまくマッチングして素晴らしい光景を現出していた。

 近場の紅葉名所として最高の場所なのだが、今日はなぜか人も少なかったみたいだ。

 さらにこの公園の近くにある池田城のあった跡地に6年ほど前にきれいに整備された城址公園にも立ち寄った。

 小高い丘の上にあるので池田城の展望台からは大阪・神戸の街並み、山並みが望遠され素晴らしい眺めだった。
公園内も日本庭園風に造られており、ここでも木々が紅葉の見頃を迎えていてなかなか素晴らしい光景だった。

 電車に乗って遠出しなくても、近場でもなかなか見応えのある場所が点在しているところに済んでいて本当に良かったと感じながら帰路に着いた。

2006.11.21

 緑陰クラブ月例ハイキング、奈良の飛鳥へ

 昨日の雨もきれいにあがり、まさに”小春日和”と言うところだ。今日は絶好のハイキング日和。

 この会には雨男・雨女が皆無なのか、いつも月一回のハイキング開催日には不思議と晴れ渡り、雨天中止ということはない。

 朝10時に近鉄・阿倍野駅に待ち合わせ。乗り換え時間の事情でいつもより少し遅めの集合だ。

 駅には男7、女9の16名が集まった。いつもはほぼ同数なのだが今日は男子劣勢だ。

 近鉄急行で約40分で飛鳥駅に到着。
 ハイキング客がもう少しいるかと思ったが、我々以外にはほとんど見あたらなかった。恐らく奈良駅近辺の紅葉見物に向かった人たちが多かったのかも知れない。

 今回の飛鳥路ハイキングはほとんど平坦地ばかりなのであまり疲れることはないだろうと予想した。
 なにしろメンバー仲間のほとんどが還暦過ぎのシルバーで、なかにはゴールド?の方も何人かご参加されているのだが全員還暦前の体力、気力の持ち主ばかりで、一行は元気に出発だ。
 
 駅前には飛鳥美人の壁画で有名な高松塚古墳があるのだが、今回はルートの関係でパス。

 この飛鳥地方は古代日本の古墳、遺跡の宝庫で古代日本史研究には欠かすことが出来ないぐらい重要な地方で、現在でも多くの遺跡の発掘が続けられている。

 今回は石の彫刻が多く観られるルートを散策だ。
 飛鳥駅前から少し歩くと「猿石」と呼ばれる石物がまつられているところに到着。なぜか宮内庁の管轄になっている。

 説明によると天智・天武天皇の祖母の御陵内にある4体の猿に似た石像物だ。まさか祖母が猿に似ていたというわけではないだろうから恐らく厄よけのお守りなのかも知れないと想像したが...。

 ここから少し進むと、「鬼の俎」(マナイタ)呼ばれている石物と出会う。

 昔、この辺に済んでいた鬼が、通行人を襲っては、この俎(まな板)の上で料理したという伝説が伝わる巨大な花崗岩や、この「鬼の俎」と道を挟んで並んでいる「鬼の雪隠」といわれる巨石もある。
その名の通り、鬼が用を足したといわれる石だが、ご丁寧にも流れる道筋まで付いているのだから笑える。
伝説とは最初誰が考えたのか知らないが想像たくましい人物だったのには違いない。

 さらに進むとなかなかユーモアな顔をした巨石に出会う。
巨大な花崗岩に亀のような彫刻があることから「亀石」と呼ばれているが、目的は不明。愛嬌のある風貌で人気のある石像だが、この顔が西を向くと「大和一帯が泥の海に沈む」という恐ろしい伝説も伝えられている。

 でもあまり深刻に考えないで、素直に伝説を信じた方が旅は楽しいものだ。

 しばらくのんびりとした田園風景を歩を進めると、また大きな花崗岩の石物に出会う。

 「酒船石」と呼ばれているもので、表面に大小の丸いくぼみや細い溝が彫られているが、おそらく酒の醸造時に使用された物らしいと言う説明書きがしてあった。

 ここからさらに飛鳥川に沿って進むと昼食予定場所の「石舞台古墳」に到着だ。

 封土が失われ、玄室の巨岩が露出した、日本最大級の石室を有した方形墳だ。この古墳は蘇我馬子の墓ではないかという説が有力だが確定ではないらしい。

 この舞台を囲むなだらかな棚田地形を生かして、飛鳥歴史公園として整備され芝生広場や休憩所が設けられているが、天気も良かったのでここで昼食。
本来なら最初にビールで乾杯というところだが、寒くなってきたので各自がそれぞれ自前で調合してきたお酒で乾杯。

 2時近くまで談笑し、飛鳥寺にかって出発。この寺は我馬子創建の日本最初の寺で、飛鳥大仏といわれる本尊の釈迦如来像も現存する日本最古のものだが、拝観料がもったいないということで境内を通り抜けて帰路駅の橿原神宮駅に向かう。

 飛鳥寺の境内を抜けてすぐのところの田んぼの中にぽつんと花崗岩製の五輪塔が、上から4個目の水輪を逆さにして建っている。

 これは645年(大化改新)の6月12日に中大兄皇子と中臣鎌足に殺された「蘇我入鹿の首塚」ということだ。

 蘇我入鹿は「石舞台古墳」に埋葬された蘇我馬子の孫で、叔母が聖徳太子の妃と言うことだ。
 彼は歴史上は悪人としての評価が強いが、実際は天皇を巡る当時の権力闘争の当事者だから、もしかしたら案外善人だったのかも知れない...。

 なぜこんなところに首塚がひっそりとあるのかわからないが確かにそう説明があるのだから信じるしかない。

 後ろの丘は蘇我入鹿の館があった「甘橿の丘」だ。
 今回は時間の関係で「甘橿の丘」は登らずに、一路近鉄橿原神宮駅を目指して歩を進めた。

 時間が少し余ったので、せっかく来たのだからということで旅の締めくくりとして近くの「橿原神宮」をお詣りすることにした。

 「橿原神宮」
は、1890年に日本書紀の神武天皇即位の橿原神宮伝承を持つこの地に、神武天皇をまつるために創建されたものだが、大和三山の一つ「畝傍山」の南麓に約50万uの広大な広さを持つ静かで荘厳な感じが漂う立派な神社だ。

 本殿入り口には「紀元二千六百六十六年」と書かれた大きな看板が掲げてあったが、境内を歩いていた職員に訪ねると「西暦はキリスト誕生年から数えるが、この紀元は神武天皇が即位した年から始まっている」ということだった。

 実際神武天皇が即位したときの年齢は51歳の時だったから、西暦風に数えると今年は2,717年と言うことになるのかな?。

 小春日和の穏やかな秋の一日を古代日本の歴史の一端を目にしながら「橿原神宮」の境内出口で想い出に一行の記念写真を撮りウォーキングを終えた。今日は約2万歩の古都奈良のウォーキングだった。

2006.11.17

 有馬「瑞宝寺公園」の紅葉と「太閤の湯」入浴

 今年の関西の紅葉もこれから真っ盛りを迎えるが、駅の掲示板に唯一有馬温泉の「瑞宝寺公園」に見頃マークが付いたので早速女房殿と観に行ってきた。

 有馬温泉は日本最古の温泉地としても有名だが、阪急電鉄宝塚駅前からバスで約30分程の近さだ。

 途中「蓬莱峡」という良く映画のロケに使われる場所を通過するのだが、来るたびに石灰岩の形が年々険しくなっているようだ。

 地元の人もこの素晴らしい景観も後100年も持たないのではないかと噂をしているみたいだが、事実大きな地震でもあれば全面崩壊しそうな形状に変化しているみたいだ。

 瑞宝寺公園には今年で4年連続の紅葉見物だ。
 最初訪れた時はあまりのすばらしさに感嘆の声も上げたのものだが、昨年、一昨年はもう一つ期待はずれだったので今年に特に期待していたものだ。
 時期も良かったのか、境内に入ると素晴らしい紅葉が一面に拡がっていて、訪れる人々もニコニコしているのが印象的だった。

 この瑞宝寺公園の境内に植えられた楓の紅葉が特に素晴らしく、かって太閤秀吉はこの公園の景観を特に気に入ったのか、毎年紅葉時期には千利休を伴ってこの公園を訪れて時間がたつのも忘れて茶会を催していたということだ。

 とくに太閤秀吉が「いくら観ていても見飽きない」と言ったとかで、この公園を別名「日暮らしの庭」とも呼ばれている。

 紅とはこういうことを言うんだと思うほど素晴らしい紅色なのだが、秀吉が一日中時間を忘れて眺めていたこともなんか理解できそうな感じもする。

 境内ではちょうど秀吉が千利休らを伴いこの境内で大茶会を催した故事に習って「有馬大茶会」が開催されていた。

 京都や奈良の紅葉名所の寺院では高い拝観料を払っての紅葉見物だが、ここは無料だからまさに有馬温泉のまさに穴場的名所といってもいいのではないかな。

 紅葉見物の後は阪急電鉄系列のすぐ近くの有馬ビューホテルの「太閤の湯」と呼ばれる日帰り温泉で温泉三昧を楽しんだ。

 入場料は近くのホテルの日帰り入浴料が平均1,000円程度だから、2,400円と少し高めなのだが、幸い読売ファミリークラブで招待券をもらえたので500円の一部負担で済んで大助かりだ。

 館内設備は申し分なく、日本最古の温泉の源泉を引き、「金泉」、「銀泉」の湯はもちろん、露天風呂や現在流行中の岩盤浴も無料、デラックスな休憩所も完備されているので、4時間ほど温泉三昧を楽しみのんびりと過ごし帰宅した。

2006.11.12

 久しぶりに二人で東京見物へ

 9〜11日まで二泊三日で東京に行って来た。

 今回は「ANAスカイホリデー」というパック旅行を利用したが、全日空の大阪・東京間の往復運賃とホテル2泊分の宿泊料(しかも朝食付き)込みで一人34,800円という格安運賃だ。
 全日空が主催する企画旅行だからかも知れないが....。

 パック旅行といっても団体旅行ではなくて、自分の都合の良い往復便を指定し、ホテルも指定された中から好みのところを選ぶこともでき、さらに現地ではすべてフリータイムだから自由度も抜群だ。

 なぜこんなに安くなるのか仕組みはよくわからないが、とにかく料金が安いので東京や仙台などに行くときもよくこのバック旅行を利用させてもらっている。
 
初日はお互い別行動ということにして、家内は東京時代の友人と会うために夕方巣鴨方面へ出かけていった。
僕は久しぶりに新宿近辺を散策。
  
 夜には学生時代によく通った新宿駅西口の大ガード沿いにある「想いで横町」に行ってみた。(もちろん当時はこんな名前は付いていなかった)

 当時からこの近辺は開発地域から取り残されていた感じだったが、驚いたことに40年ほどたった現在でも以前とあまり変わっていなかった。

 狭い通路の両端には一杯飲み屋さんや焼き鳥屋、どて焼き屋などの食べ物屋や定食屋が当時とあまり変わりのない雰囲気のまま残っているのにうれしくなった。
 早速今日の夕食はその一軒で串カツ、どて焼きとビールでの夕食だ。

新宿近辺は大きく変貌を遂げて、天を突くような巨大な近代的ビルが林立ししているが、この一角だけはわざと当時のまま取り残してあるのではないかと感じたほどだ。

 当時はべらぼうに安い定食屋もあって、貧乏学生などは「豚カツ定食」などは高くて食べられなかったので、「鯨カツ定食」で代用したものだった。
もちろん当時は鯨の肉が一番安かったからだ。それでも150円程度はしたので週一回食べるのがやっとだった。

 翌日はお上りさんの定番、上野公園を訪れた。ここも昔と変わりなく公園の入り口の階段の登り口には五件ほどの似顔絵描きが自分のサンプルを地面に並べて商売をしていた。

 もちろん昔の絵描きさんとは代替わりしているのだろうが、この風物詩は現在も健在だった。
 もちろん子犬をつれた威風堂々の西郷隆盛の像も天を仰いでいた。

 上野公園内では東京国立博物館「仏像」展が開催中だったが、そのほかにも芸術の森にふさわしく同じ園内にある、各会場では「エジプト・古代ミイラ展」画家ダリの絵画展も同時に開催されており、それぞれの目的地に向かう人々でごった返していた。

 せっかくのチャンスなので僕たちは奈良・平成時代から江戸時代の円空や木喰に至るまでの「一木彫り」の百四十余躯が展示されている国立博物館の「仏像」展を観にいった。

 特に滋賀・向源寺の国宝「十一面観音菩薩立像」をはじめ、珍しい一木彫りの仏像が展示されていたが、幸い館内はあまり込んでいなかったのでゆっくりと観察しながら観ることが出来た。

 東京滞在3日目は前会社時代の同期入社の友人夫妻と久しぶりの再会を果たし、新宿のホテルで昼食を共にしながら楽しい数時間を過ごした。

 共に60歳還暦定年を迎えたときに、きっぱりとサラリーマン生活とはお別れし、僕は悠々自適?の生活三昧を楽しみ、友はこれまでのサラリーマン時代に培ったインテリアの知識を活かして、独力でインテリア研究所を設立し、現在超多忙な毎日を送っている様子だった。

 それぞれ選んだ道は違うが、お互いに自分の望んだ生き方で案外充実した人生を送れていることを確認しあったものだ。、

2006.11.07

 第58回「正倉院展」へ

 朝から突風が吹き荒れるほどの天気だったが、予定通り奈良国立博物館で開催されている「正倉院展」を家内と二人で見に行ってきた。

 戦後まもなく開催されたこの正倉院展も今年で58回目を迎えるとのことだから歴史の長い展示会だ。

 正倉院に所蔵されている宝物は、聖武天皇の崩御から四十九日目に光明皇后が天皇の遺愛の品、約600点ほどを東大寺に献納したことから始まったとのことだ。

 現実にどれほどの品物が正倉院内に所蔵されているのか正確なことは知らないが、ほとんどが国宝や重要文化財に指定されているのだからその価値は計り知れないほどのものなのだろう。

 現在は秋を迎える奈良国立博物館の恒例行事となっており、毎年全国から大勢の見物人がこの博物館に押し掛けてきて大変なにぎわいを見せている。

 もちろん毎年展示内容が違っており、特に今年は、聖武天皇の1,250年目の御遠忌に当たることから、光明皇后が宝物を献納したときの目録である東大寺献物帳のうち有名な「国家珍宝帳」や珍しい「白石鎮子」など今回初出展などのものもあって、毎年この時期の大人気の展示会だ。

 この展示会開催に協力している我が家の購読紙のY紙販売店から今年も運良く招待券がもらえたので、昨年に引き続いて連続の見学だ。
 朝9時に家を出て、会場には11時半頃付いたのだがすでに博物館の周りを取り囲むように大勢の待ち人がいて入場までに40分程度寒風の中並ばされて参った。

 あまりの来場者の数なので中に入ってもゆっくりと見られるか心配したが、会場内は思ったほどの混雑は見られなかった。

 展示会場の入り口で、早速展示物の「説明マイク」を500円で借りて会場を巡ったが、ゆったりと展示してあるためか説明を聞きながら、約3時間ほどですべての展示品を見物することが出来た。

 このような宝物をゆっくりと眺められる時間を持つことは、気分まで豊かになっていくような錯覚?におそわれるから不思議だ。

 正倉院を後に奈良公園のシカの大群を眺めながら、昔風情の面影が強く残る奈良町界隈の散策を楽しんだ。
もちろん地図を頼りの散策なのだが、なかなか目的の場所に到達できず迷路の街と言っても過言でないほど複雑に入り組んだ道路の連続だ。

 他の観光客も地図を片手に首を傾げながらキョロキョロしながら歩いている姿を見ているとなかなかおもしろい。実際この近辺に住んでいる人に道を聞いている人も大勢いたが、案外親切丁寧に応えているのには感心した。

 奈良町散策の前に、この街の入り口にある「世界遺産」に登録されている「元興寺」(極楽坊)を訪ねた。
 以前ウォーキング仲間と来たことがあるが、リーダーの強い薦めもあったのに拝観料がもったいないという理由でパスしたことがあったのが、どうも気にかかっていたので今回思い切って拝観してきた。

 当時の元興寺は、奈良町全体が境内敷地であったとのことで、南都七大寺の一つとして隆盛を誇ったらしい。

 極楽坊と呼ばれた僧坊が現在の本堂(国宝)で、屋根瓦の一部は「行基葺き」と呼ばれる飛鳥時代特有の丸瓦重ね葺きが遺されているなかなか立派なお寺だ。

 本堂の後ろにも天平様式を伝える禅堂があり、これも国宝に指定されている。
ただ現在では財政難から敷地も縮小され、町中に静かにたたずんでいるようで時代の変節が感じられるお寺だ。

 奈良町を歩くと家々の軒下に吊された赤い猿のぬいぐるみが目立つが、これは庚申信仰による魔よけのお守りで「身代わり猿」と呼ばれている物だ。

 「庚申さん」は江戸時代に広まった民間信仰で、「60日に一度回ってくる庚申の日の夜に、人の身体の中にいる三尸(さんし)という虫が、寝ている間に身体から抜け出して、天帝にその人の悪事を告げに行くという。それによって寿命が決まる」といわれるため、人々は寝ずに「庚申さん」を供養したらしい。

 この奈良町界隈には今でもこの庚申信仰が根強く残っているのか、「身代わり猿」を軒下に吊している家が多く見られる。

 また庚申神社の近くの一軒の土産物屋さんでは、店主の趣味か知らないが、多くの有名作家の直筆の生原稿が展示されているのを見て驚いた。

 石川啄木の「一握の砂」、森鴎外の「舞姫」、芥川龍之介「五重塔」、樋口一葉の「たけくらべ」等々
、僕らが学生時代に親しんだ作家の生原稿が目の前に展示されているのだ。

 興味のある人が見たら卒倒しそうになるだろうほど貴重なものに違いない。絶対に一見の価値あるものだ。

 それにしても今日は2人で奈良の街を良く歩いたものだ。万歩計では1万8千歩だ。

2006.11.04

 紅葉間近の「赤目四十八滝」とススキに覆われた「曽爾高原」へハイキング。

 11月は別名「霜月」とも呼ばれるが、次第に朝夕の寒さも肌に実感されるようになってきた。

 今日は3連休の中日で混雑も予想されたが、天気も良く絶好のハイキング日和だったので、三重県名張川上流にあって日本の滝百選にも選ばれている「赤目四十八滝」と奈良県と三重県にまたがる「曽爾高原」にハイキングに行って来た。

 「赤目四十八滝」は小学生の時の遠足で一度行ったことはあるが、いまは全然その情景などは記憶にない。

 名張川の安山岩の柱状の岩が浸食されて出来たといわれる約4キロの滝道に沿った渓谷は起伏も激しく、まさに深山幽谷と詠んでも良いぐらいのなかなか魅力のあるハイキングコースだ。

 コース途中には数多くの滝があり、四十八滝と呼ばれているがちゃんとした数があるわけではなくて、ゴロが良いのでそう呼ばれているのかも知れない。実際はそれよりも多いとも少ないとも言われているらしいが定かではない。

 名張市観光協会のパンフレットに紹介されていて、実際滝名が付いているのは22滝だし、その中には数メートルの高さの小さな滝もある。もちろん自然に出来た滝だからそれぞれ形状が違うのだが、その形に従って付けられた名前と比較しながらが歩くのもおもしろい。またこの滝は

 それよりも上を振り向くと、いまにも落ちてきそうなひびの入った大岩の不安定な絶壁の下の滝道の渓谷を歩いていると、もし今地震でもあればひとたまりもないなーと想像しながら歩くスリル感も十分だ。

 実際川の中には八畳ぐらいの大きい岩が随所にころがって川を流れをせき止めており、「落石注意」の立て看板がいたるところに立てられているのを見ると思わず上を振り向いてしまう。

 滝道も一人がやっと通れるような片側通行のところも何カ所か有り、途中の岩も苔むしているものも多くあって、大げさにいえば小秘境というところだ。
ただ川の水はどこまでも良く澄んでいてオオサンショウウオの生息地としても知られたところだ。

 3時間ほどの滝道散策を楽しんだ後、隣の山に位置するススキで全面を覆われた「曽爾高原」に向かった。

 この高原は奈良県の東端に位置しており、標高350mから1037mのなだらかな山々が連なっている一角を占めている。

 この高原を取り巻く山々は室生火山群の噴出によって出来た山で独特の険しい地形を形成している。

 そのため奇峰断崖との山岳と火山岩の形状の壮観さは「天然記念物」として指定されているほど珍しいものだそうだ。

 なかでも曽爾高原は山の斜面全体が珍しくススキで覆われていて、特にこの時期には夕日を浴びて山全体が黄金色に輝いてみえるということで多くの写真家がその決定的瞬間をねらって大勢押し掛けていた。

 今回はウォーキングが目的なので、曽爾高原のどこまでも続くススキに迎えられて頂上まで登って1週してきた。

 さすがに最後は家内共々膝が痛くなってきて、そろそろ限界に近いところで今日のウォーキングを終えた。
あいにく午後からは薄曇りのため、残念ながら黄金色に映えるまでとはいかなかったが、それでも十分な見応えのあるススキの高原を堪能した。

2006.10.31

 結婚50周年(金婚式)を迎えた仲間に野外パーティーでお祝い。

 いつも服部緑地でウォーキングを楽しむ仲間の最長老のM氏が、今月結婚50周年を迎えることを口実にして緑地内の芝生でバーベキューパーティを開いてお祝いをした。

 M氏も今年で78歳。でも仲間の内でも歩くことにかけては決して遅れることもないばかりか、むしろ僕らよりも早いくらいで全く健康そのものだ。

 その上お酒も強く、毎日自分で調合した焼酎の水割りをペットボトルに入れてウォーキングにやってくる。

 もちろんウォーキング後の飲み会に加わって楽しむためだ。
人生長生きの秘訣を地で行く模範生の見本みたいな人だ。

 60歳の還暦を迎えた後の人の人生は、現役時代の格差社会とはまた違った格差人生というのも存在するみたいだ。
元気な人はどこまでも元気で、そうでない人は思考も体力も急速に衰えていくタイプがあって、M氏は前者の典型的なお方に属するのだろう。

 僕らは尊敬しながらも、75歳以上生きたら「人生も年金もぼろ儲け!」だといって冷やかしているのだが...。
いつまでも、どこまでも健康で元気な人生を楽しんでおられる大先輩に乾杯!

2006.10.27

 久しぶりに梅田へ映画鑑賞に

 3日間ほとんど送受信できなかったNTT西日本管内の光電話も昨日から何とか使用可能な状況となったみたいだ。
1時間ぐらいなら我慢もできるが3日間連続というのはあまりにもひどすぎる話ではないか。

 原因もまだ完全に解明できていないということなので同じ事態が再度繰り返される恐れもあるということだ。
3日間分の基本料は返金するということだが、たかが50円程度を返金されてこれで1件落着とはしてほしくない。

 恐らく処理能力以上に新規顧客の勧誘を進めた結果、何らかの要素で予想を超える機械設備への負荷がかかったことが原因と思うが、こんな初歩的な処理もできないのなら今後も安心できないということだ。

 それにしても同じ回線を使用していると思われるインターネットの接続回線には全然影響がなくスムーズに使用できたということはどういうことなのだろう。
まだまだこの世界は僕らの素人には理解不可能なことばかりだ。

 ところで今日は久しぶりに梅田に出て映画鑑賞をしてきた。
 例によってY紙のファミリーサークルの抽選でもらった松竹ピカデリーの招待券の有効期限が近づいてきたためだが、なにを見ようか迷ったが今日最終日を迎える「出口のない海」という映画に決めた。

 「出口のない海」は太平洋戦争の終戦末期に登場した陸軍の神風特攻隊に対する海軍の人間魚雷「回天」物語だ。

 もちろん主役を演じる市川海老蔵の好演も目立ったが、それよりもこんな無謀な人間性を無視した戦術を真面目に考えていた当時の戦争遂行者はどのような人間だったのだろうか。

 どんなときでも戦略・戦術を考え出す者は自分では決して当事者にはならないのだから、平然と実行に移すことができるのだろう。

 この映画を見た者は100%平和であることの大切さを感じるとは思うが、残念ながら60年も平和であり続けた反動かも知れないが最近は過去来た道へと少しづつ戻りつつあるような気配も感じられてならないのだが...

2006.10.25

 我が家の光電話が全く使えない(怒!) どうしてくれるNTTさん!

 23日朝から現在(25日21時現在)まで電話が全然使用不能の状態が続いている。
当初は電話機の故障かと思ったが、念のためインターネットでNTTのHPで確認してみると、NTTサイドでの原因らしいことが確認できた。

 それも光電話や光ビジネスタイプを含んだ西日本全域83万3000世帯わたる大規模な範囲にわたっていることだ。健在の社会で通信手段が長時間にわたって大規模に使用不能になっているということはもう災害ということなのではないか。

 もちろん一切の送受信ができないのだから、一般家庭はもちろん事業として使用している企業などの被害は莫大なものになっているのではないか。

 NTTの報告では24日にはサーバーを増設し、25日から回復という広報がHP上で発表されたにもかかわらず、今日も朝9時から中継設備の一部に原因不明の高負担がかかったため、再度全面的に送受信を制限したとのことで全く使用不能の状態が続いている。

 もちろん110番や119番通報もかからないといういうことだから問題が大きすぎるのではないか。
 3日連続して通信不能ということは現代社会では考えられないことなのだが。

 2日分の料金はいただきませんと広報でいっていたが、冗談ではないよ。
 インターネットで出されている釈明文も23日の早朝から回復するまで「もうしばらくお待ちください」と書いてあるが3日間も繋がらないのに「もうしばらく」とは日本語も理解できていないのではないか。

 さらに不安なのは、今回の事故がいまだに原因不明だということだ。

 今年になってNTTの熱心な勧誘で我がマンションにも光回線が引かれたのだが、従来の固定電話より料金が1/3になったといっても使用できないのならどうしょうもない。

 今は携帯電話が代用できるので連絡方法は確保できているが、業務に使用しているところは、どう対処しているのか他人ごとながら心配だ。

 全然実感など感じられないのに最長の景気回復期間が続いているというおかしな世の中だが、最先端を行く通信技術が3日間も原因不明のまま使用できないというのも変な世の中だ゜。

2006.10.22

 豊中ふれあいウォークに参加!

 今日は年1回開催される「とよなか百景」をめぐるウォーキングラリーに参加してきた。

 豊中市や教育委員会の協賛で「とよなか百景」の中から、何カ所かを巡り歩くのだが、毎年開催されており、今回は17回目ということだ。

 今日は朝から天気も良かったこともあって参加者は豊中市民約700人、それに交差点や各拠点に立って誘導するボランティアの方たちが約300人で合計1,000名の大集団だ。

 今年は「豊中南部の水路〜せせらぎウォーク」と名付けられた通り、特に豊中市の南部地方を巡るコースだ。

 集合地の阪急曽根駅近くの豊島公園を10時に出発し、伊丹空港進入路真下にある春日神社を経て、良く整備された親水水路に沿って南下を続け、名神豊中インター近くの太陽公園を経て国道176に出て今度は北上し、住吉神社、足の神様として有名な服部天神宮を横切り、最終地の豊島公園までの約7キロのコースだ。

 今回のコースは平地を歩くので途中特に厳しいということもなく、2時間半ほどで歩き通した。

 当初は途中の太陽公園あたりで昼食タイムを取る予定だったが、適当な空地がなかったので、一気に豊島公園まで帰ってきてしまった。

 ここでゆっくりと弁当を広げたが、少し遅めの昼食だったためせっかく冷やしていったビールも少しぬるめ気味だったがおいしくいただいた。

  でも万歩計をみると16,000歩強は歩いたことになっているのでちょうど良いウォーキングだった。帰りにすぐ近くのいつも通っているスポーツクラブ「エル・エスト豊中」に立ち寄り、風呂だけ入って汗を流し帰路についた。

2006.10.19

 今日も快晴!

 毎週木曜日になると豊中市の「健康教室」が服部緑地で開催される。
 もちろん参加は誰でも自由で、自然に恵まれた緑地内を約1時間かけてその日のリーダーを先頭にウォーキングをやるのだが、最近は気候も過ごしやすくなったせいか参加数も多くなり、今日は200名近くも集まった。

 もちろん還暦を過ぎた爺・婆さんばかりだが、その元気な歩き方から想像するとまだまだお迎えがくるのも遠い先のような方ばかりだ。

 ただ還暦を過ぎた人たちは、元気な人と急速に体力が衰えていく人に2分される格差体力がはっきりと現れるみたいだ。
特に今日の参加者を見ているともちろんほとんどが前者に属すようで、年金納付額と受給額の損益分岐点といわれる75歳を軽く越すのも間違いなさそうだ。

 この時期、緑地内には高齢者ばかりではなく、近隣の幼稚園児の多くが先生に連れられてこの緑地内にやってくるのだが、きょうは天気も良かったので特に多かったようだ。

 元気なちびっ子軍団と爺・婆(元姫様)軍団とが出会い頭にお互い大きな声で挨拶するのだが、優に60歳以上も年齢が離れている者達たちの挨拶の光景は素晴らしい写真になるのではないかと思うほどだ。

 僕もすでに64歳で来年3月にはとうとう高齢者の仲間入りになるのだが、自分の意識としては体力、知力?も定年前とほとんど変化がないみたいな認識で毎日を過ごしている。

 できれば今の状況が維持できるよう毎日のウォーキングやスポーツクラブでの運動、さらに呆け防止のための投資活動にもさらに注力していきたいと考えている。

 ところで、これから関西も紅葉や芸術鑑賞に最高の季節を迎えるが、まずは奈良国立博物館の正倉院展(今年も幸運にもY紙より招待券がもらえた)見物をはじめ、赤目四十八滝や全山がススキで覆われる曽爾高原に出かける予定だ。
もちろん、毎年訪れる有馬温泉箕面の滝への紅葉見物温泉三昧も。

2006.10.06

 今日は中秋の名月!

 朝から雨でせっかくの中秋の名月を今年も拝めそうにないが、毎年この日は運悪く雨の当たり日になっているのではないかと思うほどだ。

 今日はY旅行社主催の日帰り旅行で、途中神戸のワイン城に立ち寄り、ワインの試飲をたっぷりといただいた後、姫路市夢前(ユメサキ)町にある播州塩田温泉郷のホテル「夢乃井」でのんびりとした一日を過ごしてきた。

 温泉郷といっても、田園風景が広がるのなかに建っている1建家のホテルだが、広い天然温泉の露天風呂もあってなかなか設備も整っている豪華ホテルだ。

 周囲は昔よく唄った「夕焼け小やけで日が暮れて」の風景がいちばんピッタリとくるような風景が広がっており、ストレス解消にはもってこいの場所だが、定年後はストレス感じることも皆無なのでとくにその必要もない。

 日帰り旅行というと、普段は分刻みのスケジュールで名所旧跡を梯子して歩く旅行が多いのだが、今回の旅行は、お昼は旬の食材をふんだんに使った会席料理をいただき、食後は温泉三昧を楽しんでののんびり旅行だった。

 2.3の買い物店にも寄り道したが、特に買い物を楽しむこともなかった。ただ蒲鉾や福崎特産の「もちむぎ麺」などの試食品だけはしっかりと思う存分いただいた。

 帰路には雨も上がり、所々に青空も散見されたが中国道に入った途端に素晴らしい光景に出くわした。
一瞬目の前に突然素晴らしい大きな虹がかかりバスの中からも感嘆の声が上がった。

 これは今までに経験した中でももっとも幻想的な最高の虹光景だったのではないかと思うほど美しかった。
自然の妙味の不思議さに感嘆した次第だ。

 早速走るバスの中からだが、デジカメで取りまくったものだ。

2006.10.01

 美術、芸術、ウォーキングなどすべての行動に最適な季節の到来です。

 10月に入り、北から徐々に紅葉前線も南下が始まり、あと1ケ月もすれば関西でも各所で紅葉も見られそうだ。

 今年も近場の紅葉名所を訪れたいものだが、それまでは美術館や博物館などを訪れて芸術の秋を思う存分楽しむつもりだ。

 奈良の国立博物館でもうすぐ正倉院展が開催されるが、今年もY紙で招待券を配布するということなので早速申し込んだ。

 昨年は運良く招待券がもらえたので初めて見学に訪れたが、大変素晴らしかったのでたとえ招待券の抽選に漏れたとしても有料で訪れる予定だ。

万博公園・秋