「畑との会話」

　研修生のF君との、おやつタイムでのひと時。

「会社っていうのはね、人と人の世界なんだよね？人と人の間に、物を作ったり、製造物やら仕入れたものが入ってくるわけなのだろうね。畑はね、人と畑というか、自然環境の世界なんだと思うよ。空気とか雨とか、風やお日様の光、日照時間とか気温や湿度、そういったものが五十％以上を占めている。そんな中で、人は何ができるかっていうことだけど」

　恭さんの作ったアップサイドダウンケーキとコーヒーが調和して、会話は進む。

「会社ではね、人から評価されること、これは常に意識されているよね？畑ではね、人が人に評価されることはあまり意味がないのだと思うよ。どうしても評価されたいのであれば、畑や野菜自身に評価されるべきことだよね？もちろん、畑から出て、野菜をお客さんのところに持っていけば、野菜は評価されるし、それによって人自身も評価はされるだろうけれどね。でも、畑ではね、人が人を評価することに意味がないんだ」

　これは僕がしゃべっていることなのだが、F君はその都度会話を反復して、相づちを打っている。

「なんてったって、五十％以上を占める圧倒的な自然環境が用意されているのだから、人間の側は、土の環境を整えたり、野菜の生育しやすいような配慮をしたりするくらいのもので、野菜自体を作り出すことは人間には不可能なんだからね。収穫した野菜そのものを、失敗だから作り変えるなんてこともできない。つまり、人間は、擬似自然環境を用意して、自然環境に野菜の生育をゆだねているようなものなんだね。だから、そこに評価というものがあれば、結果としての野菜そのものの味によって、育てた側は評価されるのかもしれないね」

「人間の子供を育ててみてよく感じるのは、子供自身が強い意思を生まれながらにして持っていて、親はそのサポートをしているようなものだということ。これを野菜に当てはめてみると、野菜自身の意思を尊重してあげること、ということになるのだが、野菜の意思は、どうも人間が捻じ曲げているような気もするな。野菜の意思はこうであろう、という学者の意見が大手を振って歩いているような感じかな？」

「おっと、だいぶ話が横道にそれてきてしまったね」

「畑でサ、今日みたいにサ、玉葱の畑の草をとっているでしょ？その時に、人間は何を考えているか、そこが重要だと思うのだよね。雇い主に評価されようということばかりに気が行っていたら、効率ばかりを優先して、野菜のことなんか頭の片隅に追いやられてしまうよね？僕たちの目的は野菜なんだから、野菜のことを、特に根っこのことや日当りのことなんかを考えてあげたいね。草が大きくなって繁茂してしまったら、野菜に陽が当たらなくなってしまうよね？野菜の根元の草を勢いよく引き抜いたら、野菜の根も乱暴に切れてしまうよね？土によって生えてくる草の種類も違うよね？畑で草を取りながら、畑との会話をすることが、畑に教えられる最高の財産になると思うんだよ」