「好きな野菜はあるか？」

　強烈な寒風の春一番であった。そのあと雨が土砂降りで一日、雨のあとはまたも強い寒風である。連日、氷が張る。春はすぐそこなのに、遠くに感じる弥生前だ。二週間前に播いたピーマンの種がようやく発芽してきた。ナスはまだだ。週の初めには、今年二度目の葉もの類の植え付け、小雨が降り出したところで植え終わった葉ねぎと、順調に植え付けは進んでいる。今宵は、葉もの類と葉ねぎの新しい種を播いた。葉ものは十日に一度ほどの種まき、葉ねぎはひと月に一度程度の種まき頻度である。こまめに種を播くのが、予測できない天候には一番効くのである。

　先日、ある女性から取材を受けた。大雑把にいえば、百姓仲間の女性と言ってもいいかもしれない。僕よりもひと世代ほど若い女性で、農大を出ている。近郊の都市の市民ネットワークの会報に掲載すべく、取材をしてくださったのである。恭さんは風邪で寝ていたし、子供たちはおふくろのところへいっていたり遊びに出掛けたりでいなかった。彼女が連れてきた子供達には、ＤＶＤを見てもらってその場をしのいだ。生い立ちから、農へと進む過程などを聞かれ、野菜のことなどをいろいろお話ししたが、これと言って目新しい話はしなかった。ただ、「育てるのに好きな野菜ってあります？」と聞かれたことが、ちょいと引っかかっていた。「私なら、長ネギなんかを育てたいと思うし」と言われたが、僕には好きな野菜を特定することができなかった。

　週の初めに葉もの類を機械で植え付け、その手直しを翌日した。その作業中に、ふと「好きな野菜はありますか？」の質問がよぎった。もう一度考えてみた。玉ねぎは、たくさん植え付けているし、嫌いな野菜ではない。いや、好きな野菜なのかもしれない。が、小松菜だって、法蓮草だって、ブロッコリーであれ、キャベツ、ニンジン、エンドウ、ナス、ピーマン、ししとうなど、好きな野菜はきりがないほど出てくる。すべての野菜が好き、と言っていいだろう。むろん、育てる、という意味で。だから、逆に好きな野菜を特定することはできないのである。酒のつまみとして食べる好きな野菜、と聞かれたなら答えも違ってくるだろう。酒のつまみは、あくまでも酒を飲むことが主題であるから。

　取材の折、僕が答えたのは、「好きな野菜はとりあえずないけれど、皆さんが欲する者を育てるようにしています」ということだ。要するに、注文に応じて野菜を育てる、ということだ。古くからの定期で野菜を買ってくれている皆さんは、注文ということが非常に少ないのであるけれど（反面、好みも十数年のうちに体に沁みてくるが）、レストランや自然食品店などからは注文が来るのである。必要とされるものを育てる、そういうスタンスに自然となっていったのだ。よく考えてみれば、野菜たちを自分の子供のように考えているので、子供たちに置き換えてみればわかりやすいのであった。「自分の子供の中で特に好きな子供はいますか？」と聞かれれば、即座に「いません」と答えるであろう。五人の子供がいて、親が一人の子供をひいきしたら、残りの四人の子供はどんなふうに感じるか？子供達には、ひとりひとり違う個性があり、違う意思をもって生まれてきている。野菜であったとしても、同じことであろう。育ての親は、伸び伸びとした環境を用意したい、と思うものだと考える。