「駈け足の人生」

　現代社会は、まぎれもなく駆け足を推進しているように見える。スピード、効率、売り上げ至上主義など、それらは自由主義社会の産物であるが、自由であることは、ゆっくり進むことを拒んでいるかのようである。「駆け足の人生」と言えば、僕が高校二年のころに聞いたイーグルスのアルバム「ホテルカリフォルニア」に、LIFE IN THE FAST LANE（駈け足の人生）という曲が入っていた。当時、実感としてよくわからなかったその言葉は、今でこそ身に染みて分かる言葉である（イーグルスの歌詞の内容は覚えていない）。

　僕の二〇代は、太く短く生きることをよしとしていた、そんな記憶がある。今は、細く長く、ということのほうが僕の願いに近い。まだ、人生の半分過ぎたあたりくらいのものだ、と思いたい（とすると九〇歳以上は生きなければいけないが）。そのことは、子供を五人授かった、ということに大きく由来する。子供を育てるのは、どんな生き物にとっても大変なことであり、人間社会を背負った人にとってはなおさらに大変なことである。五人五様であるから、各人を生かそうとするには、それ相当の時間をかけなければいけない。そうすると、極端に自分の時間は減る。まして、多品目の有機野菜農家ではそれに拍車をかけることは必至である。だから、僕は「太く短く」ということから「細く長く」ということに、舵を大きく切ったのである。

　多品目の有機野菜農家は、駆け足の人生を象徴している。釣瓶の落ちる速度が速い晩秋には、駆け足にも拍車がかかる。ちょいとひと仕事すれば、もう真っ暗闇である。朝一番で出荷を終えて、家に戻って九時半過ぎ。朝二番の出荷を終えてコーヒータイム。もうひとつ出荷があれば、午後三時過ぎの昼食である。夜の出荷は、午後八時過ぎての配達出発だ。その間に、トラクターに乗り、苗の水やりや植え付けや収穫、はたまた家事があるのである。夜や週末は子守である。ぶっ飛んでいる人生だ。

　今、これを書きながら背景にかかっている音楽は、ジャズドラマーであったトニーウィリアムスのリーダーアルバム「Civilization」である。十一年ほど前に五十歳（？）で亡くなっている。アランドーソンというドラマーのメソッドを踏襲して発展させ、今日のドラムスに多大な影響を与えた。彼もまた、太く短い人生だったようである。自由主義社会とは関係なく、専門性を推し進めた人の一人である。

　僕は、多品目の有機野菜農家として、出荷形態や野菜一品目ごとには専門性を高めようとしている。自給自足を基とすることから始まってはいるが、田んぼやお茶の栽培をやめ、鶏を飼うのもやめて、今は野菜専業だ。そのことが、｢駈け足の人生｣の要因になっている。これはおそらく六十五歳過ぎまで、五番目の長男が成人するまで続くだろう。その時に、子供たちはみな外に出て行っていないのかどうか？うちの中でごろごろしているのかどうか？先のことはわからないが、がちがちのあっぷあっぷでひたすら生きるのに必死であるのは変わらないであろう。細く長く生きようとしたところで、｢駈け足の人生｣は少しも変わらないのかもしれない。今は、目の前のことで精一杯の日々だ。

2008年10月30日　寺田潤史

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