「実践したくてしょうがない　その三」

　二十年前のさらにその前の十年は、東京にどっぷりとつかっていた。学生生活とアルバイト、音楽も志し、思う通りにはいかなかったが、好きなことをさせてもらっていた。食生活は、とても豊かであるとは言えなかった。財布の中身があと百円しかない時など、白米を炊いて、マルシンハンバーグを買ってきた。確か、１個の値段が５８円とかそんな感じだった。

　東京生活の最後は国立駅のほうにいたが、杉並の阿佐ヶ谷に長いこと住んだ。阿佐ヶ谷は学生の街で、駅から歩けば安いアパートも結構あった。高校の同級生が数人阿佐ヶ谷に住んだし、高円寺や荻窪など、すぐ近くに多くの同級生が住んでいた。皆、自炊していた。１００ｇ￥１００だった豚バラ肉を、商店街の肉屋でよく買った。今は、肉屋に肉を買いに出掛けることもなくなったが、あの当時は、肉は肉屋、魚は魚屋、野菜は八百屋、手巻き寿司は手巻き寿司屋で買ったものだ。豚バラ肉と野菜炒めは定番のメニューで、アパートにたむろした同級生にふるまい、コーヒーを入れた。そのかわりに酒をおごってもらったりしたのかどうか、まったく覚えていない。

　いつの頃からか、阿佐ヶ谷に自然食品店ができていた。最初からあったのかどうか覚えていないが、「ゆい」という店だった。ゆいは「結」と書いた。きれいな店構えとは言えないが、いろいろなものを置いていたし、環境イベントのチラシもよく置いていた。僕が最後に東京に行ったのは、もう１０年くらい前のことだが、その時に阿佐ヶ谷に立ち寄った。そして、少しの距離だが移転した「結」にも行った。狭くなったけれど、とてもきれいな店に変わっていた。「結」で、有機野菜や玄米を買うようになったのは、いつの頃か記憶にないが、駅までの通り道にお店があったから買うようになったのか、求めて買うようになったのか。いつの間にか食べるようになった無添加食品や有機野菜をおいしいと感じたことが、その後の帰農することへの伏線となったことは確かだ。２４時間スーパーで働いていた時に、加工食品を裏返して添加物の表示を見る癖がついたのもその頃だと思う。

　添加物というものは、人工的に作られたものを加工食品の延命、あるいは着色、味付け、そういった目的のために食品に添加するものでる。簡単に言えば、カビの生えやすいもので見た目の悪いものなおかつまずいものを、カビの生えにくい見た目のよさそうなおいしそうなものに変えるごまかしである。それをやらないと商売として成り立っていかない、と判断してきっと使っているのだろう。実際には、添加物がなくてもおいしくて質の良いものを供給してくれるところもあるし、歴史の教訓や伝承に重きを置いてきたことの継続の結果でもあろう。そういったことをやっている加工業者さん、その人たちを応援したいと思うのだ。それは、添加物を使うことを悪とするということとは違って、まっとうな食品を世に送り出す人を応援するということである。

　「結」という店をどんな人が経営してきたのかは知らない。２５年以上は継続してお店をやってこられたこと、そして僕のようにそこで買い物をした結果、その後の人生において大きなきっかけとなるものをいただいた、そういった連鎖こそ、人間の持つ最後の生命の連鎖なのかもしれない。意思の連鎖は、これからの時代のキーワードになる。

2009年7月23日　寺田潤史

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