「子供を自由にさせること　その二」

　もう丸二十年前のことだが、僕は東京からこちらに戻ってきた。そのことを決断したのは七月だが、戻ってきたのは十月だった。七月に、農業をやりたい、と親父に電話した時に、親父は電話の向こうで小躍りし（親父の心の中でのことで、これは僕の印象だが）、「欲のかき方を教えてやる」とまで言った。その当時、すでに僕の兄貴が親父に連れ戻され、親父たちと一緒に住んでいたのだが、それでも親父は小躍りした。それは、実際に帰農していろいろな作業をやらされて、意味を理解できることでもあった。

　僕が農業をやる、このことを当初誰もが本気だとは思っていなかった。お袋でさえそうだった。ところが、親父にとって僕が本気であるかどうかはどうでもいいことのようだった。形の上で農業従事者が存在する、そのこと自体が親父にとって、棚から牡丹餅のような心境であったのだろう。親父にとっては、土地はあるが、それを維持し、面積を拡大することが、世間に対してのプライドというか意地であった、と思う。土地を維持すること、それは簡単なことではない。税金もそうだが、管理も大変なものだ。土地に生える草を刈ること、そのことだけでも結構な出費、あるいは労力となる。ちなみに、現在、親父亡きあと、たとえば１町部の草を刈る場合、シルバー人材センターに頼むと、１回につき１５万から２０万円の費用がかかる。これを最低でも年２回、何町部も草刈りしていたら、どれほどの費用がかかることか。それを、帰農した僕にやらせることができる、と考えただけでも小躍りするだろう。

　そして、親父の本意は、農業の資格を持つ親父が、後継者を有することで、農業面積を広げることができ、最終的に一族として継承できる土地が増える、と目論んだことであろう。このことは、結果的にはほとんど目論みは達成せず、農業相続で面積の減少を食い止めたことぐらいが親父としての溜飲を下げさせたかな、くらいのものだ。ただ、僕は有機農業の中に身を投じることを、自らの意思で選択したのであり、親父を安堵させる目的はなかった。使わずに荒れた土地を家族が所有しているのに、他の土地へ入るのは申し訳ない、という思いから故郷を第一候補としたのだった。

　親父は、兄貴を１５歳から３０歳くらいまで外の世界で自由にさせた、と思っていたので、兄貴を半ば強制的に家に戻ってこさせた。連れ戻された兄貴は、当時親父を憎んでいたのかもしれない。親父としてみれば、親父自身が高校卒業時に、自分の父親(祖母)が病気がちのために大学進学をあきらめ、弟たち（伯父さんたち）を医大に進学させ家業を継いできた、という過去に比べたら大したことはない、くらいに思っていたのだろう。古い時代の名残とプライドのようなものが、いつまでも消すことのできないものとして最後まで残っていた。

　どこの家でも、多かれ少なかれ、その家なりの事情というものがある。いろいろな事情があるからこそ、自分の子供には、と考える。誰もが、過去の経験のうえで未来を見つめるのだから。しかしながら、選択するのは常に子供である本人だ。ただし、子供に宿った魂が、親を選んで生まれてきた、ということもまた忘れてはいけないことだ。

2009年10月22日　寺田潤史

★　ひらく農園の野菜の入手方法

☆　このページの最初に戻る