「野菜の娘の遺伝子」

　梅雨が明けて、いきなりドカンと酷暑がやってきた。この暑さは凄まじい。大気が熱気で揺れている。都会でもないのに、畑にエアコンの排気熱が充満しているような、そんな暑さなのである。あのジメジメとした梅雨が懐かしい、あの梅雨の頃のほうがずっと過ごしやすかった、と思うくらいだ。あの梅雨と、この酷暑の間に隙間はなく、梅雨が明けて、朝になったら酷暑であった、というくらいの劇的な転換だ。

　この暑さであるから、朝早くから収穫する生活パターンに変えた。でも、朝から暑い。帽子にプラスして、アルミ箔付きの遮光ハットもかぶる。二時間かけて、ナスの虫取りを終えれば、もう汗だくである。納屋に飛び込み、エアコンに当たる。あるいは、シャワーを浴びる。体を冷やさなければ、まいってしまう。こんな暑さの中で、一日作業すると、これはもう、疲れは倍増だ。

　夜、仕事が終わり、配達から戻ると、何回目かの浴室へ。食卓に座れば、グラスに氷を入れて、焼酎のロックである。ビールも飲むが、この暑さでは少々生ぬるい。鹿児島の芋のきいた焼酎がいい。おかげで早く眠る。メールの返事なども、滞りがちになる。暑いんだから仕方がない。まずは、自分たちの体優先である。野菜たちの体は、井戸水をこまめにあちこちに移動散水して、収穫を切らさないのがいい。早め早めの水分補給は、野菜にも有効なのだ。

　今夜は配達がなかったので、焼酎を飲む前に、長女とホルンの話をした。長女は、中学で吹奏楽部に属し、ホルンを吹いている。ちゃんとした人について習うのがよいのだが、そこまでの気迫はまだない。だから、インターネットで検索して、ちゃんとした人の練習方法を見つけてみる。僕の場合には、ギターに置き換えて考えればいいので、知らない楽器のホルンも、練習方法のイメージはできる。ギターで弾いてみせる。ついでに、娘にギターを持たせて、弾かせてみた。

　この頃は、またギターを教えている。知り合いの子供の中学生の男の子に、ギターを初歩から教えている。その教える感じで、娘にもギターを持たせたのだ。あれっ？意外にできる。初歩的なことを、つまりクラシックギターのやり方で、左の指の押さえる方法を教えて弾かせてみると、よいフォームのまま音が出るのである。ありゃ、こいつ遺伝子を持ってやがる、と思わずつぶやいてしまった。娘は、手が痛い、と言いながら、フォームを崩すことなしに、少しずつ音を出していくではないか？これは、そう簡単なことではないぞ。かといって、それで、ギターを弾け、なんてことは当然言わない。遺伝子を持っていたって、やる気がすべてなのだ。すべての世界に、それは当てはまる。

　ギターのことはさておき、娘のこの先の進路も気にかけている。なるようにしかならないが、やはり、どんな形であれ、遺伝子は残されているに違いない。僕たち夫婦や、さらに祖先も含めて、大したことはないにしても、そんなに間違ってもいないだろう、という歴史があると認識している。いや、友人たちに言わせれば、相当の間違い、ということになるが、それも、大雑把にいって、人を陥れるような性質のものでもないだろう。そういう意味で、楽観的になってもいいのかな？娘には、野菜の娘の遺伝子も残っているのかな？

2010年7月22日　寺田潤史

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