業務日誌(2004年2月その3/3月その1)

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3月10日 プチ日誌

 そういえば、今年に入ってからなぜか裁判が調子いい(←弁護士なんだからもっと喜べよ>俺)。予想以上の勝訴2件、予想に反する勝訴1件、今度判決が出そうな案件も、裁判官の態度では予想以上に好感触。
 でも裁判っていうのは1件1件事案が違うので、今勝てたから明日も有利とは限らないんですよねえ。そこが弁護士稼業のつらいところです。。。

「goo BLOG」への投稿記事“著作権はNTT-X”にユーザー反発、条項削除へ

 プロバイダに対して著作権を行使しない旨の利用規約はよく見られるところですが、「著作権移転」は明らかに勇み足でしょう。お役人気質ガリバーの会社が考えそうな「過剰防衛」ではありますが、過剰な防衛は過剰な反発を招くことを考えるべきでした。




3月9日 法教育:小5授業

 本日午前中は、葛飾区内の小学校へ行って、5年生相手に法教育の授業なるものをふたコマやってきました。日弁連の法教育委員会の行事です。

 教材は、オリジナルではなくて、本にもなっている「ケーキの分け方」という題材と、関西の弁護士が考案した「ローラーブレード禁止条例」の是非を考えるという討論用の題材でした。

 私が育った埼玉県内のベッドタウンの小学校は、人口急増に伴いマンモス化し、校舎はいつもプレハブで、卒業時には生徒が1600人もいました(一学年6クラス)。それに比べると、今日訪れた学校は、5年生が2クラスで1クラス20人!少子化が進んでいることを思い知らされました。


ジャパネットたかた個人情報流出

 個人情報流出自体は全くほめられたものではないですが………。自社サイトも含めて自粛の姿勢を貫いていることは、コンプライアンスの観点からは一つの見識とは言えましょう。どのような事実解明と態勢構築ができるかという問題は残るにせよ。




3月7日 ネット故障

 昨晩帰ってきて、webを閲覧していたら、突然つながらなくなってしまいました。

 過去にも同じような症状が発生したときには、無線ルータがハングアップしていたことが多かったため、「またかあ」と思い(よくよく考えてみると、現在のルータに買い換えてからはまだハングアップはなかったのですが)、ハングアップの時の荒技「ルータの電源シャットダウン」と敢行したところ、………ネットどころか無線LANまでつながらない。どうやら強制電源断で設定が吹っ飛んじゃったようです(^^;;

 あわてて説明書を出してきて、一から設定し直し。ID、パスワードを入力して、ネットに接続………のはずが、何度やってもつながりません。

 おかしい、ルータが故障か?と冷や汗をかきながら1時間以上悪戦苦闘したが、症状は変化なし。ふと、気がついて、別なパソコンで携帯経由で接続してみると、これは当然つながります。そこで遅いのを我慢しつつ、BIGLOBEのページで障害情報を探すと、

故障発生/回復のお知らせ(BIGLOBE様)

何と、0時からBフレッツ全部ダウンじゃん!設定の初期化までやっちまった俺の睡眠時間を返せ〜(;;)




3月6日 金沢出張


兼六園 昨晩から金沢に出張し、本日夜帰って参りました。

 あわただしい中で、ようやく兼六園をちょこっとだけ見学できましたが、真冬に戻ったような雪空で寒いの何の。

 最終便(JAL)で戻るつもりで小松空港に行くと、何と一便前のANA便は、悪天候で羽田発便が着陸できず引き返してしまったために欠航との放送。

 一瞬自分の乗る便もか………と、血の気が引きましたが、JAL便は機体自体は到着済みらしく、何とか乗り込めました。しかし、滑走路がゲレンデみたいに雪原と化していて、よくスリップできずに離陸できたものだと感心。





3月3日 プチ日誌

 昨日から突然花粉症の症状が激化して、薬も完全に効きません。このため仕事もはかどりません。対症療法で、事務所で空気清浄機を発注したけど効果のほどはいかに?

裁判ウォーカー特選! 東京地裁周辺のお薦めスポット時間がないなら、地裁裏にある弁護士会館の地下1Fがお薦めだ。「桂」は打ち合わせにも使えるし、夜に行けばちょっとした雰囲気もある。富士屋ホテル直営店と聞くが、なかなかだ。なにせ客層がほとんど弁護士(笑)。
弁護士会館の地下のお店を一般の方が紹介してくれるのは珍しい(笑)。




3月1日 コンプライアンス2題

西武鉄道利益供与「総会屋が入り込めない」と評判だった企業が、なぜ総会屋勢力に侵食されていったのか

京都鶏インフルエンザ農場
大量死開始後、生きた鶏全て出荷を計画か

 コンプライアンスはよく「法令順守」と訳されますが、「法令順守」なんて当たり前のことで、何のためにコンプライアンスの問題が提起されてきたかの本質が置き忘れられてしまう誤訳ではないでしょうか。本来の趣旨からすれば、「遵法経営」とでも訳すべきでは。

 それはそうと、前から言ってますが、コンプライアンスも結局は態勢の問題と言うより「人」の問題ですね。こんな事件を見ていると。

 ただ、「人」の問題として、トカゲの尻尾切りに陥ったり、思考停止になってもしかたありませんので、もう少し敷衍して考えた場合、結局「目先のリスク評価しかできないか、全体的なリスク評価ができるか」という人間が然るべきポストに就いているか否かという問題ではないかと思われます。

 まあまだどちらの事件も真相は不明ですが、目先のリスクだけ考えれば、「総会屋にうるさいことを言われたくない」→「合法な取引を装った土地取引ならまあいいだろう」、「インフルエンザがばれたら出荷停止になる」→「ばれないうちに全部出荷してしまえ」という発想は実は合理的でしょう。「明るみに出る」リスクがどれくらいあるか→明るみに出た場合「全社的に受けるダメージはどのくらいか」ということと、天秤にかけて計らない限りは。




2月28日 お疲れ様、弁護団の方々

【松本智津夫一審判決】
 さて、昨日は一日金沢に出張していたので、一日遅れですが、東京に戻ってきたら松本智津夫(麻原)被告人への死刑判決の報道一色でした。ま、予想されたことですが。

 私自身は、地下鉄サリンを初めとする戦慄すべき犯罪の被害者の心情は当然のことと思いますし、犯罪の立証がある限りは今回の裁判で松本被告人が死刑判決を受けることも現行法上当然と思います。というか、現行法上この事件で有罪の場合に死刑以外を選択したら、死刑を選択すべき犯罪は存在しないと言っているのとほとんど同じでしょうね。

 しかし、誰も報道しないからこそ、私は声を大にして、この裁判を全うした国選弁護団の方々に、心からの敬意を込めて、お疲れ様と申し上げたいと思います。

 彼ら国選弁護人団のこの間の境遇は、サッカーに例えれば、

 アウェイのスタジアムには満場の敵方のサポーターが、敵意を込めた視線を注ぐ。下手にファインプレーを見せるとブーイングが飛んでくる。

 ジャッジも成り行き上敵方びいきで、シュートを放ってもまず間違いなくオフサイドを取られる。抗議すれば反則。あろうことか、ハーフタイムに警察が入ってきて、キャプテンが別件で逮捕されてしまい、補充も許されない。

 観客もマスコミも、最初から勝ち負けの分かり切っている(と信じている)このゲームについて、どうしてこちら側が試合放棄しないのか、無駄に試合時間を使って結論を引き延ばすな、という非難の声の大合唱………


というようなものになるでしょう。当然、これほどの大事件であれば、裁判所も検察も、担当された方は相当な苦労を重ねたことは理解できます。しかし、その中でも、世論からもマスコミからも、弁護活動をすること自体を全否定されるかのような、強い逆風に耐え続けなければならず、あろうことか被告人との意思疎通さえ不可能になった状態での任務遂行は、ほかのどの訴訟当事者よりも苦難に満ちたものであったことは疑いありません。

 もともと刑事弁護人というのは世論が味方についてくれることは少なく、報われにくい仕事です。刑事事件だけで事務所が維持できるほどの国選弁護費用が出されるわけもありません。金銭的な見返りがなくとも名誉が求められるのであれば、励みになるでしょうが、オウム事件を担当して社会的な名誉が与えられることもありません。多くの場合、弁護人にとって心の拠り所は、被告人の最後の味方であり、被告人と最後に心を通じ合わせることのできるのは自分しかいないとの信念です。しかし、本件では公判途中から松本被告は接見すら拒むようになり、こうした信念すら維持できなかったと思われます。

 おそらく弁護団の方々にとっては、刑事弁護人として恥ずかしい弁護だけはしてはいけないという弁護士としてのプライドだけが、最後の拠り所だったのではないかと推察します。しかし、プライドだけを頼りに逆風に耐えるには、7年間の裁判は長すぎました。

 裁判にかかった時間の長さの責任を弁護団の方針に求める向きもあるのは事実です。非難する側に回るのは簡単です。でも、非難する方々、ではあなたはかわりにできますか?


YAHOO!BB個人情報漏洩
 450万件の個人情報ですか………。「信用情報が含まれてないのが不幸中の幸い」なんて言っているようですが、スパムメールや架空請求詐欺の犯人にとっては、信用情報なんかあってもなくても同じでしょう。
 


丸紅ダイレクト閉鎖
 11月12日及び12月18日の日誌参照。事件以来事実上開店休業状態だったようですが、ついに閉鎖とは………丸紅さんも何を考えたのでしょうか。繰り返しになりますが、19,800円で販売に応じるという対応が正しかったのかどうか。それが、「e-commerceの発展」につながるとしていた塩澤助教授の感想をお聞きしたいものです。




2月25日 官僚への不信か市民への不信か

 裁判員制度の導入に向けての制度設計が進むにつれ、戸惑いや反発も大きくなってきたようです。マスコミも、裁判員制度導入への理解不足の世論調査結果をPRしてみたり、あるいは単刀直入に裁判員制度への反対の論稿を掲載したりして牽制?している様子。

 たしかに日本にはなじみの薄い制度かもしれませんし、必ずうまくいくのかは私も確信しているわけではありません。

 しかし、私は少なくとも制度導入自体には賛成です。理由は簡単、「市民への不信」より「官僚への不信」の方が大きいからです。

 裁判員制度慎重論・反対論の論拠のほとんどは、つきつめれば「一般市民が責任を持って刑事事件の判断ができるのか」という部分です。確かに、「市民の意見」「市民感覚」というものが、実際には結構場当たり的で節操のないものであることは私も否定はしません。

 しかし、そのような限界はあるにせよ、現状の刑事裁判を考えたとき、官僚裁判官よりは「まだマシ」と考えます。

 現状の刑事裁判で、最も問題なのは、裁判官と検察官の構造的癒着による刑事司法の形骸化が行きつくところまでいってしまっているところです。民事訴訟においては、私達弁護士は裁判官と基本的なセンスを共有できていると感じることも結構ありますが、刑事訴訟においてそのような感触を持つことは滅多にありません。同じ司法試験をクリアし、同じ司法修習を経たのにこれは誠に理不尽な話です。

 また、職業裁判官であれば、不安定な世論に流されず、法律と良心に従った判決ができるかというと、実はこれも疑問です。裁判官も一介の人間に過ぎませんから。それどころか日本の官僚裁判官は、ある程度の範囲までの世論に対しては保守的な態度に終始しますが、ある程度を超えて世論が高まっていくと、突如世論に迎合するような態度を取ったりします。私がこの業務日誌で何度も触れている新潟少女監禁事件の判決等を見れば、その傾向は明らかです。

 それよりは、まっさらな態度で裁判に取り組んでくれると期待できる市民に裁判の帰趨を委ねた方が、結果的に誤審のリスクは少ないのではないかと考えるのです。