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       第6話*千花

 

 気合いを入れたい日に限って雨が降る。
  これは、子供の頃から変わらない私のジンクス。……っていうか、ようするに「究極の雨女」でビンゴだな。
  とにもかくにも、人生節目の日には必ず雨が降る。生まれたその日も大嵐だったって聞くし、お宮参りに七五三、幼稚園の入園式に卒園式だって傘なしではとても外を歩けない空模様だった。もちろん、運動会や遠足は順延や予定変更がデフォルト。
  そんな感じだからね、たまにてるてる坊主が威力を発して雲間から青空が覗いたりすると、半端なく驚いてしまう。こりゃ、今年全部の運を使い果たしたんじゃないかとか、逆に不安になったりしてね。
  ――まあ……そういうことだから、この状況も想定内ではあったんだよ。
「うっわーっ! どーして、ここまで直撃かな……」
  台風の進路予想を示すTV画面を睨み付けながら、大きく溜め息。
  だから、だろうな。朝ご飯がとっくに終わった時間なのに、窓の外は薄暗い。しかも、ガラスに当たる雨音が半端なくすごい。風に煽られて束になって、どばっどばっと容赦なく吹き込んでくる。
  まったく、どうして今日に限って。
  昨日はここまでひどくなかったし、明日の夜明け前には完全に通り過ぎている。しかも残暑が戻ってくるとか抜かしているよっ、この気象予報士さんは私になんか恨みでもあるのだろうか。
「でもーっ、もしかしたら、ここで突然進路変更とかあり得たりするかもだしーっ」
  そうよ、そう。自然現象はいつでも気まぐれ。いきなり予想外の展開になることだって、十分にあり得る。だから、もうちょっと粘ってみてもいいかも。
  今日は夏休み最終日、平日だから両親は当然ながら仕事。そして、大学が夏休み中の兄は昨日からサークルの合宿に出かけている(もちろん、「お前のせいで予定が台無しだ」という恨み節なメールが届いてた)。
  そんなわけで、ひとり寂しく自宅に取り残された私。今はリビングのソファーに膝を抱えて座ってる。テーブルの上には、水着の入ったバッグとランチボックス。出かける準備は二時間前にはばっちり終わっていた。
  そして、もうじき待ち合わせの時間。時計の針がひと目盛りずつ進むたびに、ギリギリと歯ぎしりをしてしまう。
  ――ピンポーン♪
  うわっ、時間どおり! 玄関チャイムの音を聞いて、慌てて立ち上がる。
  えっとー、どうしよう。ここは荷物を持って移動するべきか。だけどそれじゃ、すごい楽しみに待っていたみたいで格好悪いかも。うーん、どうしたもんか。
  ――ピンポーン♪ ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン♪
「わっ、わかりましたって! ちょっと、待ってよ!」
  ちょっとさー、ここまでくるとせっかちが過ぎない? あまりに連打しすぎて、ボタンが壊れたらどうするつもりなんだろう。
「はい、はーい! 今、開けますよ〜……」
  れれれ。
  ドアのレバーを持ったまま、私はそこで固まってしまう。
  だって、目の前にいるのは頭から足の先までずぶ濡れの男。なんなのこれ、どーなってるの? うーん、不思議だ〜。
「おいっ、タオル! とにかくなにか拭くものをよこせ!」
  そして、濡れ鼠な男は、いきなり命令調。はいはい、わかりましたって。そんな怒鳴らなくたっていいじゃない。
「はいっ、どうぞ。というか、そこにいるとますます濡れない? とにかくは、中に入ってよ」
  慌てて差し出したのは、クマさん柄のタオル。彼は一瞬だけ嫌そうな顔をしてから受け取った。
「……当然だ」
  靴音も、「びちゃ、びちゃ」って感じ。玄関のドアを閉じたら、ようやく雨風の音が遠ざかって静かになった。
「えとー、……どうしてそんなに濡れちゃってるの?」
  だってさ、変だと思わない?
  彼の家は我が家のお隣。ドアからドアまで、一分足らずで到着しちゃう。さらに垣根を跳び越える裏技もあるけど、近頃ではさすがにそれは使わなくなったかな。
  当然の質問をした私を、頭をゴシゴシしていた男がじろりと睨み付ける。
「もしかして、傘を差さずに来ちゃったとか? いやーっ、それはマズイっしょ。駄目だよ、面倒くさがっちゃ」
  そしたら、またじろり。そして、彼はようやく口を開く。
「そんなもの、家の玄関を開けた途端にどこかに吹っ飛んだ」
「えーっ、うっそ〜!」
  さすがにそれはないだろうと思いかけたものの、外は前人未踏の豪雨だ。いや、それはさすがに大袈裟か。でも、少なくとも私の人生では、未だかつてないものすごさだと思う。
「まあいい、ちょっと上がらせろ。服はそれほど濡れてないから、扇風機にでも当たって乾かせばいいだろう」
  彼はそう言うと、勝手知ったる他人の家とばかりに、靴を脱いでまっすぐにリビングに向かっていく。そして中に入る直前に、玄関先で呆然と突っ立ったままの私を振り向いた。
「客が来たんだ、飲み物くらいいれろ」

 勲くんのバイトは水曜日休み。今年の夏はギリギリめいっぱいのシフトを入れたとかで、それ以外の休みは全くなし。それでも夏休みなんだし一度くらいは予定が合うだろうと気楽に考えていたんだけど、それがどうにも。私の赤点補習が入ったり、勲くんのサークルの旅行があったり。そんなことをしているうちに気がついたら、最後の最後、たった一日しか残っていなかったってわけ。
  ……なにが、って?
  そりゃ、決まってるでしょーっ。プールだよ、プール! 勲くんが言い出したんだからね、私が桜と行くはずだったウォーターガーデンに連れて行ってくれるって。しかも車まで出してくれるって……これって、そのまんま「デート」って位置づけでいいんでしょうか、皆様っ。
  でもーっ、あり得ないことが起こったってのは認めるけど。だからといって、この天気はひどすぎだと思う。どんな不幸な星の下に生まれてきたんだよっ、自分。

 アイスカフェオレをふたりぶん作って運んでいくと、勲くんは扇風機の前を陣取って朝の情報番組を見ていた。グルメレポーターのお姉さんが、大きな海老の乗ったお寿司をぱくついている顔が大写しになってる。
「……やっぱ、お前は行く気でいたんだな」
  テーブルの上の荷物を見てのコメント、当然のことながらかなり呆れた響きだ。
「だっ、だってー。起きた頃はもうちょっとマシだったし、もしかしたらこのまま雨が上がるかなと思ってーっ……」
  いやいや、それはないだろう。天気予報を逆さまから見ても、とても奇跡は起こらなそうな感じだった。
「あのなあ、大雨洪水警報に加えて落雷の危険性もあるといわれてるんだぞ。そんな中で泳ぎに行こうなんて、どんな馬鹿だよ」
「ま、まあ、その考えには一理あるかも……」
「それに、電話で中止を伝えたりしたら、お前のことだ、怒り狂ってウチまで直接やって来ただろう?」
  勲くんはそこで、もう一度こちらを振り返る。
「そんなことしたら、今頃は傘ごと空に吹き飛んでたぞ」
「で、でも……」
  彼の言い分はわかる。誰が聞いても正当な意見だと思われるだろう。でも私、まだ諦めきれない。
  そんな感じで、ふたりともしばらく黙ってアイスカフェオレを飲んでいた。どんな言葉を並べたところでどうにもならないことはわかっている。でもでも、やっぱ言わずにはいられないんだ。
「プール、今日までなんだもん。そしたら、また来年まで待たなくちゃならないでしょう……?」
  温水プールとかで、一年中営業している施設だったらいいよ。でもあそこのウォータガーデンは夏季限定、8月31日できっちり店じまいをしてしまう。
  まさか、こんな大切な日に台風が来るなんて。マジでショックが大きすぎる。
「まーっ、こんな風に駄々をこねられるとは思っていた」
  そう言って、勲くんはやおら立ち上がった。そして、テーブルの上のランチボックスを手にすると、そのまますたすたと歩き出す。
「行くぞ」
  私がいつまでもぼんやりと突っ立ったままでいることに気づいたのだろう、廊下に出るところで後ろ向きのままで言う。
「……えっ、嘘っ!?」
  まさかまさか、そりゃないだろう。ちょっと待って、いくら私でも今日は無理なことくらいわかる。わかっているんだけど、それでも愚痴りたくなっただけ。うん、ただそれだけなんだから……!
「行き先は変更だ、今日は一日、俺の自主練に付き合ってもらう」
  そう言って彼がポケットから取り出したのは、バイト先の鍵。
「えええっ、定休日に勝手に入っていいの? あとで怒られたりしない……!?」
「支店長には了解取ってある。最後の戸締まりさえしっかりすれば平気だし、他にも同じように施設を使っている人は何人もいるからな」
  それって、すごいアバウトな職場かも。もしかして、勲くんはそんなオイシイ部分があることも見込んで選んだのだろうか。
「だいたい、お前は簡単にプールプール言うけどな。あそこのウォータガーデンは浮き輪禁止の場所が多いんだぞ。カナヅチのお前じゃ、苦労するのは目に見えている。だから、来年のためにもまずは25メートル泳げるようになれ」
  うわーっ、なんか失礼なことを言われてるし! でもまあ、言われることはもっともだしなあ……。
「飯代が浮くぶん、帰りにはなにか奢ってやる。それでいいだろう?」
「えっ、えーっ! じゃあ、わたしっ、駅前パーラーのビックパフェがいい……!」
  なんかよくわからないけど、とにかくふたりで出かけることはできるらしい。予定は大幅に変更だけど、それもまた楽しいかな。
「太るぞ」
  勲くんは、靴を履きながらぼそっと言う。
「でもまあ、明日への活力をつけさせてやるのも必要か」
  彼は自分を納得させるようにそう呟いたあと、玄関のドアレバーに手をかけた。

 

おわり(110831)

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