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       第8話*千花

 

 ぱたぱたぱた。
  秋晴れの青空をバックに、真っ白な洗濯物が翻る。
  白くて、長くて、裾がヒラヒラしてて、ついでに両脇には小さな突起が付いていた。パッと見にはポケットが裏返って出てきたようにも思えるけど、あれはもともと出っ張っているものなのである。
  ぱたぱたぱた。
  ようやく、日中クーラーなしでも過ごせるようになってきた。家中の窓を開け放って空気の入れ換え、カゴいっぱいの洗濯物を干し終えた私はのんびりと縁側に座っていた。
「はーっ、退屈だーっ!」
  ごろんと仰向けに倒れたら、背中が濡れ縁の継ぎ目に当たって痛い。
  週明けの月曜日、家族は当然のことながら、それぞれ仕事に大学にと出払っている。
  文化祭の代休で一日暇になったものの、友達はバイトだデートだとそれぞれに予定があり、気がついたらひとり取り残されていた。それならば久々に惰眠をむさぼろうと思ったら、早朝から叩き起こされる。そしてゴミ出しに布団干しに、ついでに洗濯物まで。寝ぼけ眼でぼんやりしているうちに、いくつもの朝家事を押しつけられてしまった。
「出掛けるって言ってもなーっ、買い物も映画もひとりじゃつまらないし!」
  田所千花、十六歳。天高く馬肥ゆる秋、恋の道はまだまだ遠い。
  愛しの君は十二年以上もお隣に住んでいるというのに、精神的距離がまったく縮まらないまま。しかも文化祭当日には無様な姿を見せちゃったし。
「あああ、せめてあの魔女っ子服のボタンがちゃんと閉まればなあ〜」
  我ながらあれはなかなかの自信作だったのに、本当に残念だった。仕方なくクラスの女子に譲ったら、その子が想像以上にすごく可愛く着こなしていたのがムカツク。やることなすこと上手くいかず、最近の私はひどく腐っていた。
「やっぱ、あれだ。きっと、今は星回りが悪いんだよな」
  今月の双子座の運勢はどうだったっけ? 今朝テレビでやっていた星占いだってうろ覚え。だいたい、記憶に残っていないということは、あまりいいことを言われてなかったってことだ。
「こうなったら、お昼のワイドショー観ながら美味しいものをがっつり食べて、それから昼寝だーっ!」
  母親からお昼代はせしめてある、今朝の働きの報酬だけど。これでコンビニまでひとっ走り、いつもは金欠で買えないスィーツだって大人買いしちゃうぞ!
  そう決心したものの、瞼が次第に重くなる。今日が休みだと思って、昨晩は夜更かししてたもんなー。お兄ちゃんが観てた深夜アニメに付き合って、馬鹿笑いしながらソーダ水片手にスナック菓子を食べまくってた。
  ――いーや、ちょっとだけ昼寝、ううん、昼前寝しようかな。
  そんなことを考えつつ、瞼をぎゅっと閉じる。そよそよと心地いい風が頬をくすぐり、なんとも言えないいい気分。ふー、こんな生活も悪くないな。急いだって仕方ない、ここらで一休み、一休み……
「おい、そんなところで腹出して寝てるんじゃない」
  と。
  少し離れたところから、声が飛んできた。私はハッとして目を開けると、慌てて起き上がる。
「……えっ、えええっ……!?」
  ちょっと待て、この声は。でも、そんな馬鹿な。そう思いつつも、声のした方に首をぐるりと回すと――
「えええっ、勲くん!? なんでっ、もしかして今日は早速サボりっ!?」
  大学生の夏休みは無駄に長い。それもようやく終わって、今日から後期日程が開始。ウチのお兄ちゃんと同じ学校に通っているんだから、同じ日程のはずだ。
「人聞きの悪いことを言うんじゃない」
  Tシャツにハーパンというラフな格好は、家着なのだろうか。こういう姿も普通に見れちゃうのがお隣さんだったりするんだけど、そうなるとこっちのいい加減な服装もばれてしまうのが辛いところだ。だいたい、好きで腹出しポーズを取っていた訳ではない。この服は洗濯のしすぎで多少縮んでサイズが合わなくなっているのだ。
「諒介とは専攻が違うからな、俺の方は教授の都合で今日は休講」
「へええ。いーねー、大学生って暇で」
「そっちだって、暇してるくせに」
  相変わらず、面白くなさそうな顔をしている。どうして勲くんって、いつもこんなにテンションが低いんだろう。そりゃ、無駄にハイになって欲しい訳じゃないけど、もうちょっと……なんというのかな、楽しそうな顔をしてくれてもいいのにって思っちゃう。
「私はいいの、文化祭で頑張ったんだから。今日はそのための代休なんだよ!」
  そう言い返しつつ、無駄なあがきでシャツの裾を引っ張ってみる。
「ふうん、あれで頑張ったことになるんだ」
  そう言って、首をすくめて見せるのがちょっと憎らしい。しかも勲くんの視線の先には、洗濯竿に干したオバQの抜け殻がある。
「そっ、そうだよ! 私のお陰で、ウチの店は大繁盛だったんだから」
  嫌だな、私。
  せっかく勲くんに会えたのに、これってすごい偶然なのに。素直にその喜びを表現できなくて、可愛くない発言ばっかりになっちゃう。
  ……だけど、こうなっちゃうのにはちゃんと理由がある。すべては勲くんが悪いんだよ。
  この家に引っ越して来たのは、幼稚園に上がる直前のこと。ご挨拶に伺った玄関先で初めてその姿を見たときから、私は彼のお嫁さんになることを決めた。それなのに、長い長い初恋はなかなか実を結ばない。
  途中何度も失速しかけたことはあったよ、でも諦めるのは物理的な距離が近すぎる。新しい恋を見つけたくても、直球ど真ん中な理想の相手がすぐそばにいたら、なかなか難しい。
  そんな感じで、だらだらと十二年と五ヶ月。なんか、この先も延々と残念な日々が続きそうな気がしている。あああ、なんて可哀想な私。
「さー、いつまで無駄話してても仕方ないし! 着替えて買い物行ってこよ〜っと」
  なんか、考えれば考えるほどに情けない気分になって来ちゃって。それを一気に吹っ切るように私は立ち上がった。
「買い物って、どこに行くんだ」
「そこのコンビニ、お昼ご飯買ってくる」
  別に正直に答える必要もなかったのに、咄嗟には別の言葉が浮かんでこなかった。そしたら、勲くんは少し俯いて、なにかを考えている様子。
「……それじゃ、少しは見られる格好をしてこい」
「え?」
「この前のリベンジに、どこか連れて行ってやる」
  そう言いながら、彼は顎で私を促す。その先には、いつもは勲くんのお父さんが通勤に使ってるはずの車があった。
「いっ、……いいの!?」
「ほんの腕馴らしってところだ。しばらく乗ってないと、どうしても腕がなまるからな」
「わっ、わかった! すぐに支度してくる!」
  ど、どうしようっ、どうしよう! 誘われちゃったよっ、ふたりでドライブだよっ! そりゃ、前の約束がポシャったからその埋め合わせだけど、それでもすごく嬉しいっ!
  はやる気持ちを抑えつつ、二階の部屋に駆け上がる。そして、クローゼットの扉を開けて、次々と私服を引っ張り出した。
  しかし……
「はっ、入らないっ! ど、どうしてっ!?」
  ファッションの基本は季節の先取り。そんなわけで、去年の秋服に袖を通してみた。でも、どういうわけだか、どれもこれも明らかに縮んでいる。ウチの母親、特殊な洗濯洗剤でも使っているんだろうか。これはあまりに酷い。
  悪戦苦闘の末、ウエストがルーズなキャミワンピにデニムジャケットを合わせた。髪を巻く暇もなくて適当にアップにまとめたら、なんとも決まらない。
「おいっ、いつまで待たせるんだ」
  私が息を切らせながら駆けつけると、勲くんはすでに車をガレージから出して待っていた。長めの足を強調する細身のパンツにチェックシャツで、どこにでもいる普通の学生風。それなのに、ちょっとワンランク上っぽく決めているのがさすがなんだよな。
  お兄ちゃんが言ってた、勲くんは着るものにかなりこだわりがあるって。古着とかも好きで、品揃えのいい店に頻繁に足を運んでいるとか。
「おっ、乙女の身支度には時間が掛かるんだって!」
「ま、乗れよ」
  ここで、ドアを開けてくれたりしたら素敵だけど、残念ながらそんな演出は一切ナシ。彼はさっさと運転席に乗り込んでしまう。
「はいっ、じゃあ、お邪魔しますー!」
  それなら、私の方も遠慮なく、ね。助手席のドアを自分で開ける。
「シートベルト、忘れるなよ?」
「もちろんっ、これって命綱だもんね!」
  彼がこっちをちらっと睨んだ気がしたけど、気にしない気にしない。
  勲くんのお父さんの車はオートマチック、素人にでも運転がしやすいらしい。勲くんはマニュアル車の免許を取ったらしいから、そっちでも大丈夫みたいだけどね。
  それにしても、助手席から見る風景って、ちょっと新鮮。我が家では、ここは母親の特等席と決まってて、私やお兄ちゃんはいつも後部座席に座るんだ。
「どうした、なにをニヤニヤしてる」
「えーっ、だって。なんかこうしてると、ホンモノの彼女みたいだなあって」
  あの八月ラストの大嵐の日にもここに座ったけど、駅までは片道五分だったし。今度はもうちょっと長く乗っていられるよね?
「……どこに行きたい?」
「えっ、そうだな〜季節外れの海とか、素敵だなあ……」
  今日はお天気もいいし。誰もいない海にふたりっきりっていうのも、ロマンチックだと思う。
「海? ちょっと、遠いぞ」
「いいじゃない、腕馴らしなんだし!」
  勲くんはぐるりと首を回してから、ハンドルを握る。でも、そこでなにかに気付いたらしく、一度手を離した。
「あ、そうだ」
  そして、後部座席の棚から、なにかを取り出す。
「その席に座るなら、これは必須アイテムだ。彼女代理の役目をしっかりこなせ」
「えええ……」
  ちょっと待て、これって――
「そ、そのっ、勲くんっ」
「なんだ?」
「知ってると思うんだけどー、私って地図を見るのがすごい苦手なんだけど」
  分厚い道路地図。頁ごとに1とか2とか番号が振ってあって、途切れて次の場所に進むのがちょっと面倒な奴だ。
「仕方ないだろう、この車にはナビがないんだから」
「じゃ、じゃあ、スマホのアプリとか!」
「俺は運転に専念する、だから千花の言ったとおりに進むぞ。迷ったらふたりとも帰れなくなるからな、覚悟しろよ」
  なんか、すごいハードル高く設定されたような。
  でも、チラ見した彼の横顔は相変わらずとても涼しげ。憎たらしいほど落ち着いている。
「次の信号はどっちだ」
「え、ええと。とりあえず、しばらく真っ直ぐかな」
  サバイバルデートの幕開け。私たちの目の前には、気持ちの良すぎる青空がどこまでも続いていた。

 

おわり(120720)

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