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… 「片側の未来」☆樹編 …
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「さあ、出来た! うん、結構似合ってるじゃない。やっぱり着付ける人間が上手だと違うわね」

 後ろからぽんと背中を叩いたのは、バレー部員の小川さん。

 浴衣なんてただ身体に巻き付ければいいのかと思ってたら、見るに見かねて手を貸してくれたの。きちんと直して貰ったら、見違えるようだ。聞けば、彼女のお母さんって着付けの先生なんだって。もう……そこら中にいろんな特技を身につけてる高校生がゴロゴロしてるんだから、この学園って変だわ。

「そうねえ、やっぱり髪はアップにした方がいいわよ? ああ、ゴムを余分に持ってるからやってあげる」

 

 空き教室の隅っこ、つい立てて仕切った即席の更衣室。

 浴衣での売り子は交代制で、私はお昼からの2時間が担当。こうしているうちにも廊下を賑やかな一団が通り過ぎていった。ああ、そろそろ時間だわ、急がなくちゃ。でも小川さんはゆっくりと櫛を入れてくれてるから、身動きが取れないの。

 やっぱ、今でもちょっと苦手なんだなあ。彼女の方は親しげに声を掛けてくれるんだけど、何しろ……ねえ。緊張した面持ちで鏡を睨み付けていたら、背後からくすくすと笑い声がする。

 

「やだあ……もう、やめてよね。あのときはさすがにちょっとやりすぎたと思うけど、もう大丈夫だから。樹くんも前にも増してフルパワーで飛ばしてるし、口惜しいけど完敗ね。小杉さんには敵わないわよ、どんどん綺麗になっちゃうし。ふたりして分かりやすくて、嫌になるわ」

 それから、もっと低い声で言うの。「あんなに楽しそうな樹くんって、初めて見たわよ?」……って。思わず彼女の方を振り向きそうになって、ぐききっと顔を押さえつけられた。

 

 昨晩は、あれから。誰かに見つかったらどうしようとびくびくしながら合宿所のシャワーを拝借した。

 奴もよくやるんだって、結構気付かれないもんだよと笑ってる。最初からシャンプーとかちゃんと持ってきてるんだもん、呆れちゃった。もちろん、私もしっかり貸して貰っちゃったけど。

 長い長い夜。どうやって時間を潰そうかと思っていたら、彼は教室に戻るなりすぐに爆睡しちゃうの。睡眠時間を確保したいって言ったのは本当だったのね。あんまりにも無防備に眠りこけているから、顔に落書きをしちゃおうかと思ったほどよ。いつの間にか雨が上がって、月明かりなんて差し込んで来ちゃったりしてね。ふたりで寄り添ってるのが、すごく自然な気がしておかしかった。

 本当に不思議。えっちなことしたからって、何が変わる訳じゃないのよね。その時は生々しくてすごいなあとか思ったけど、コトが済んでお互いに服を着たら元通り。きっとクラスのみんなだって、私たちの変化には気付かないはず。

 

「だって、薫子は信用ならないもん。きっちりと俺のものにしておかないと、きっとどこかに逃げちゃうだろ? ……それにさ、正直不安なんだよ、お前の周りは誘惑多すぎ」

 合宿所までの長い廊下で、彼はそんな風に言った。私が「嘘でしょ?」って眼差しで見上げたら、ちょっとふてくされた顔になる。

「もう、お前は警戒心なさ過ぎ。隙だらけだって、分かってない? ……心配だよなあ、全く」

 そんなはずないと思うんだけどなあ、絶対に怪しいって言われるの。

 そりゃ、以前に比べたらクラスに馴染んできたもんな、私。男女問わず、結構声を掛けられるようになったんだよ。そしたら、彼はそれが気に入らないんだって。クラスの男子が私を特別な目で見てるって決めつけるのよ。ただの思いこみだと思うんだけどな。

 

「実はね。あまり知られてない話なんだけど、私は樹くんと幼稚園の頃からの腐れ縁なのよ。だから、お互いのこともよく分かってたつもり、結構頼りにされてたしね。――だけど、だからってあんなコト頼んでくるのはひどいわよね。さすがに腹が立ったわ……そうなの、私がむかついていたのは小杉さんじゃなくて、樹くんの方。悪かったと思ってるわ」

 小川さんはふうっと大きく息を吐いて、おなかの中に溜まっていたものを全部解放していくみたい。彼女の表情から怒りの色が消えていく。改めて見ると、目元がきりりとして「知的美人」な顔立ちよね。西の杜にいると、綺麗な顔にも色々あるんだなって気付くわ。

「なかなかの、名演技だったでしょ? だけど、小杉さんも修行が足りないわね。あの様子じゃ、まるっきり疑ってなかったでしょう」

 ……演技? 修行? また、聞き慣れない新しい単語が飛び出してくる。いったい何のことかしら。呆然とした私に小川さんは言う。

「最初から、みーんな彼の作戦だったのよ。普通の方法じゃ、絶対にあなたのこと捕まえられないって。ぎゅっと押さえつけるために力を貸してくれってね……まったく、男だったらひとりでどうにかしなさいよって感じよね……?」

 

 聞けば放課後の一件は言うに及ばず。実はあの昼休みの裏庭での一幕から、私は担がれていたのだと言う。

 なんてこと、信じられないっ! 奴は最初から私があの場所に来ることを知っていて、すべてを仕組んだのだ。「きっかけ」を作るために。嘘ぉ……信じられないっ! それじゃあ、まるで私がひとり、馬鹿みたいじゃないっ。

 

「これでもな〜、今度こそはと期待していた節もあるんだけど。意外な場所であっけなくゲームオーバーにされちゃったわ。
 だけど、いいの。やっぱ、樹くんは少し離れたところからじっくり観察した方がいいもんね。小杉さんも、バレー部に入ってくれるそうだし、これからもばっちりネタ収集をさせて頂くわ。忠告しとく、私のことは、絶対に敵に回しては駄目よ。あることないこと、しかるべき場所に通報しちゃいますからね」

 

 ――え? ちょっと待ってっ……それって、まさかっ……!

 振り向いたら、もう小川さんは消えていた。その早業といったら、くのいちのよう。でも……あの。確かに学園内部にいるのよね、「マキハラ商会」にかなり詳細なネタを提供している人物が。だけど、まさか。ええと……。

 

「あらあ、……小杉さんじゃないの」

 廊下に出たら、またもや見覚えのある顔。視線を少し下げたら、まつげびんびんの笑顔が踊ってる。でも、いつものコトながら目が笑ってないのが、ここにいる明日美さんなのよね。かたちのいい、ちっちゃな口元からいつもながらのお言葉が。

「あなた、まだ樹くんを諦めていないの? 今朝もコンビニでふたりで仲良く買い物しているのが目撃されているし。せっかく、人が親切に忠告してあげてるのに、全然分かってないのねっ!」

 ぷんと胸を張ってポーズを決める。どうでもいいけど、ちっちゃいのに出るところは出ていてすごいなあ。この子だったらかなり積極的に迫りそうだけど、本当に何にもなかったのかしら。やっぱ、奴の言うことには無理がありすぎな気がする、絶対に信じられない。

「大丈夫、……ご忠告には感謝しているわ」

 自分でもびっくりするくらい、余裕の微笑みを浮かべていた。これにはさすがの明日美さんも面食らった様子で、口をぽかんと半開きにしてる。私は内緒話みたいに声を潜めると、彼女の耳元にささやいた。

「あのね、ここだけの話なんだけど」

 もう、面白くて仕方ない。だんだん私も腹黒男の性格が伝染してきたかしら?

「もしかすると、見つかりそうなのよ。樹くんの『運命の人』がね。だから、もうちょっと踏ん張ってみるわ。判明したら真っ先に教えてあげるから、その日を楽しみにしてて」

 

 何でこんな風に言い切れるんだろ、自分でも分からないわ。

 けど、人生なんてゲームみたいなものだもの、面白くやらなくちゃね、俯いてばかりいたって仕方ないもん。うーん、今日の私って、ちょっと格好いいかも? ああ、あんぐりと口を開けたままで私の背中を見つめている明日美さんが想像できる。ふふ、楽しいなあ。

 


 颯爽と廊下を闊歩して、教室の前まで辿り着く。

 大丈夫かな、お客さん入ってるかな……って、そっと覗いたら。ちょうど、ドアの向こう側からもこちらをのぞき込んでる顔がある。ひとめ見たら、その後百年間は忘れられなくなりそうな微笑み。

「あれえ、……薫子。準備できたんだ、似合ってるよすごく。うん、いつもに増して色っぽいかもっ!」

 

 ――うわあ、またこんな大声で。

 しかもアメリカ人もびっくりのオーバーアクションつきで。これじゃ、教室の中にいたクラスメイトもお客さんも一斉に振り向くでしょっ! もう恥ずかしいからいい加減にしてよね、こういうところ、全然変わってないっ……!

 

 信じられないでしょ? 朝目覚めたら、コイツはすっかり元通りになってたのよ。昨夜の出来事なんて全部嘘だったんじゃないかって思っちゃったほど。

「ほら、こういうときは頬を赤らめて答えるんだよ。『樹くんのために着てみたわ』とかなんとか。修行が足りないな、彼女だったらしっかりしろ」

 そんな風に耳元でささやく毒舌だって、相変わらずなの。何よ、昨日はうだうだとここでまくし立てていたくせに。私が「うん」って言わないと、グレるとか言ったわよねっ、違うの? 仕方ないから踏ん張ってやったのに、何よ、偉そうに……!

 ほっぺをふくらましたままの顔で見上げたら、もっともっと嬉しそうな顔をする。

「あー、もしかして。お前、単純だから鵜呑みにしたんだろ。馬鹿だな、普通こんな恵まれた状況にいて、自分から転げ落ちようなんて思う奴いるか? ちょっと考えれば、分かるだろ、ボケ」

 

 なっ、何ですってえっ……! どーなってるのよ、この男っ!

 なのになのに、こんな風に寄り添ってひそひそと話していたら、どう見てもふたりの世界に入り込んでるようにしか見えないわよっ、ずるいっ! 昨日の晩の素直な男はどこに行っちゃったのっ、コイツってものすごい二重人格だったりする? もう、嫌っ!!

 

「ふふふ、怒るなよ。可愛い顔が台無しだぞ」

 いい加減に振り切って仕事につこうかと思ったのに、まだ後ろから追いかけてくるの。

「俺、これから生徒会室だから。終わったら来いよ、帯ぐるぐる〜って奴、やりたいし――」

 ああ、もうっ! これは作り帯でマジックテープで着脱するんだから、そんなの出来ません! やだっ、そんなこといきなり言わないでしょっ、思い出しちゃうでしょ。ああん、もう頬が熱いっ!

 

 睨み付けてやろうと思って振り向いたら、もういないの。

 何っ、小川さんといい彼といい、何たる早業っ! まさか幼稚園から一緒って、そこって忍者養成学校だったんじゃないでしょうねっ……!

 

 戸口まで戻って廊下の向こうに目をやれば、奴が楽しそうに通りすがる顔に挨拶しながら歩いていく姿が見える。やっぱり、目立つのよね。遠くからでもすぐに分かる。だけど……つかみ所がなくて。きっちりと押さえつけていてもするりとかわされちゃいそう。大丈夫かなあ、とんでもない男の「彼女」を続ける羽目になっちゃって。

 これからもきっと、色々不安になったり気を揉んだり忙しい毎日になるんだろうな。はぁ、どうしてしなくてもいい苦労を背負ってしまったんだろ。これも全部、あの男のせいよっ!

 角を曲がるその時に、ふっとこちらを振り向く。軽く右手を挙げて……あの、見えてるの? っていうか、私がここに立ってたの気付いてた? ――嘘ぉ……。

 くらくら〜っとめまいがして、柱にしがみつく。はあ、こんなコトで私、大丈夫なんだろうか。

 

 何だかな。

 この先もこんな風に振り回されそうな悪い予感。だけど自分からリタイヤするのもしゃくだし、ここはアイツが音を上げるまで頑張ってみますか。一度しかない花の高校生ライフだもんね、思い切り楽しんでみるのも悪くない。もちろんアイツなら、相手に不足はないわ。

 

 廊下の窓から真っ青な空。梅雨の晴れ間の輝きに負けないように、私もにっこりと微笑み返してた。

 

おしまい♪ (041129)




 

2004年12月3日更新

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