和歌と俳句

京極杞陽

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雪の山巨きく巨きく凹みをり

尾根雪崩れ鳴りどよみひんひんと余韻消ゆ

白魚と銀貨とどこか似てをらずや

松いたみ四阿荒れて春の風

三越で吾子の名前で姪へ雛

空汚れ街の澄む日や柳の芽

春の日のまぶしきことの微笑かな

笑ひ声囀りよりもけたたましく

人通り淋しき処花の宿

春月の下に夜桜下に町

バス待つや花の鋪道の人道に

赤き焔黒き焔や花篝

下町の小さき公園沈丁花

この頃は蜂を恐れて居るわが子

分銅のごと熊蜂の揺れてくる

鉢の藤気味悪きまでいちめんに

長良川少し遡れば桑畑

冬帽子急に汚し夏に入る

洗ひたる石の如くに更衣

日輪は強く大きく若葉濃し

ぞろぞろと菖蒲にあゆむぐるぐると

下町や省線電車鯉幟

そぞろ濃き隅田川波五月場所

夏場所を立出で更に愉快欲し

欄に姿断たれて花菖蒲

まひまひの停まつてをり漣に

青桐の立てるも駅の風情なり

芝青く萩紅く犬白く蝶黄なり

暑ければ帽をあみだにかぶる癖

蜘蛛の糸濃ゆき光のよぢれつつ

美しく動く蜥蜴の遊ぶ庭

あはれなる出水話のをかしさに

陰気なりこのパラソルの売場悪し

パラソル売場造花の藤のかげの鏡に

キャンプ村ピンポン玉のかぜながれ

燈涼し遊ばんかなとおもひつつ

白靴を穿いて歩きしアメリカよ

写真屋の塔をなす屋根雲の峰

癖のある扇風機なり見てをりぬ

遊船の中なる莨盆が見ゆ

噴水がパチパチパチパチいうて落つ

兜虫黒き光を放ち歩む

向日葵の初々しくて若々し

向日葵やわかきサラリーマンのいへに

向日葵や黄といふ色は脳に染む

向日葵や花の脳天剥けにけり

美しく激しく揺れし岐阜提灯

門火焚く横町曲る寄席がある

新涼の草の照りゆく昃りゆく

尼寺が可愛らしくて赤き秋

朝顔の鉢へとのぞきこみにけり

大輪の白朝顔はハイカラよ

病床に明るくカアネーションと秋

愛らしき秋の黄蝶の活溌に

軽快に秋の黄蝶の出でし景

花木槿チラと見え芭蕉チラと見え

百姓の小さき眼俵編む

菱の実を売つてをり珍し気に見てをり

新宿に灯が点き鰯雲紅し

金木犀かすかに霧のかかりうつ

秋蝶のいよいよ小さく黄なるかな

巴里見て北京まだ見ず月の情

コスモスを眺めて月を眺めゐる

目をひらけそしてこの草紅葉見よ

手につきし南京豆のあぶらかな

懸崖の菊運ばるるみんな見る

行人や小春日に掌をおとがひに

いま冬の午後の三時や輪転機

日享けて八手の花は光らずよ

自動車をにげる人こがらしに走る子ども

暖房や絨氈赤く壁は金

子は墨の髭など生やし日向ぼこ

マスクして彼の眼いつも笑へる眼

小屋に人上つてをる下に焚火ある

寝んとする頭の骨の寒さかな

ストーブの火を見てはちょと物書きて