和歌と俳句

京極杞陽

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梢より雪の煙の曳きにけり

雪斑らなる谷間に人家かな

空のやや夕焼めきて雪が降る

山々の夕映のくるスキー場

悴んでゐる手を垂れて這入りくる

大方は下町の人春の人

鎌倉の山の椿の赤さかな

姦しき浪花の人と遍路かな

藪があり都踊がありにけり

沈丁の前に立ちゐる吾子小さし

花すみれ二りんは可愛ゆ三りんは派手

しやぼんだま天が映りて窓の如

桜草の鉢と置きある如露かな

先づ躑躅見て空仰ぎ雲迅し

自動車の銀のひかりが躑躅ごし

日は天に葵祭ははなやかに

森の中の道ゆく葵祭かな

麦の秋ゴホは日本が好きであつた

うつくしき女主の河鹿宿

夏雲の旺んに立てる飛騨の方

鵜篝の岩隠れたるあたりかな

鵜篝をいでてながるる火の粉かな

七夕の晩は仙台おもしろき

向日葵の花と離れて碧い空

甚平を着て気味悪き男かな

景色を凸凹にするカンナかな

みづうみの秋の汽船の船員ら

風の夜のポプラのそらの花火かな

柳橋花火の下の人力車

手拭と共にとびたる一ト葉かな

バスの日々此処にとまれば木槿咲く

おとろへてゆく人々や震災忌

明月やふるさとびとにとりまかれ

大名の石燈籠に萩高し

近づけばホテル大きく秋の暮

たかし庵松に隠れて柿吊す

魚屋の店藤の実の垂下り

枝濡れて葉の乾きゐる紅葉かな

凩にころぶ夕べのバケツかな

近世のはじめの頃の芭蕉の忌

鷹匠は風を見ることいと敏し

犬目開きわれ目を閉ざし日向ぼこ

まつぴるま河豚の料理と書いてある

簡単な食事ストーブ蓄音機

出逢ひたる太き冬木に木の話

鴛鴦を手にとつてみし新らしさ

プラタナス枯れて歩道は傾きて

屏風見えゐし唐紙しまりたる

同人となりたることも年忘れ

わが家の門の寒さよ霜柱

霜柱それもやがては眼に馴れて

工場の塀の間の冬霞

雪山の麓の山毛欅の疎林かな

藁屋根に雪のくひこみ煤けたる

日脚伸ぶといへば大きくうなづきて

御手洗の少し先には冬桜

松山に春の日はあり光悦寺

梅林の梅ヶ枝空へ地へ烈し

卒業の暁といふことばかな

シクラメンたばこを消して立つ女

三日月に朧の椎の大樹かな

吾子ら来て朝寝の我に挙手の礼

花を敷き一雨ありしたかし庵

石崖に山吹の花散り付けり

柳垂れ茨の柵の潰えをり

森に日のかかれる芥子の花畑

亡き父と亡き芍薬の園主かな

国賓に泰山木の花ひらく

外づしたるの襖の其処にある

籐椅子や季節めぐりてきたりけり

老人の椅子に坐しゐる梅雨明り

金魚あり蓄音機あり夜の書斎

或路地のとりとめなくて一ト葉かな

蝋燭に照らし出されし閻魔王

流燈会丹後宮津はさんざめき

白粉の花が其処には咲いてゐて

丹波路を越えて但馬の秋の川

下灯る安田講堂秋の暮

電話器のかかれる霧の饅頭屋

灯一つ霧にはじけて明るさよ

構想を二つ持ちゐる夜長人

自動車を欲しやと思ふ秋の風

鷹匠らうれしさうなるかほをして

川二つ流れ大根洗ひをり

灯れる新嘗祭の二重橋

夕ノ儀暁ノ儀や新嘗祭

もてなしや榾火に柴を折りくべて

土間に榾燃えて框に客一人

日向ぼこしてはをらぬかしてをりぬ

鴛鴦のとび来て枝にとまりたる

人一人焚火してをるあやしさよ

喊声の如くに焚火そらへゆく

ペリカンのなかなか羽の畳まらぬ

大枯木幹より枝のそげ落ちし

黒々と冬木そのものありにけり

ゆき違ふ夜番の顔に不思議なし

咳込めど目は物を見てゐてかなし