和歌と俳句

京極杞陽

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猿曳の手が格子戸を開くなる

猿曳の猿が畳に下りし音

枯芝が少し蘇鉄がたくさんに

枯芝に生ひし蘇鉄と竜の髯

膝入れて炬燵布団の紅うごく

昼炬燵田中家さんといはれたる

雪暗く柵あり歩哨立つところ

ちらと目をあげてもさむく街をゆく

わびしくて遂に消すなる冬灯

水洟が出て仕方なし仕方なく

かじかんで居るとの便り走り書

春を待ち我を待つとの妻の文

クレヨンを子ども怒りて雪に投ぐ

子供らに雪ふれ妻に春来たれ

又雪となるべき雨のこまかさよ

雪の藪雪の小村も京近し

薬師堂つららも雪にうづもれて

御噴水たちつつ雪ののこりをり

春水のくらきに映る城櫓

紅梅に業平竹の二三本

陵のお祀りごとや浅き春

火を足して人無き春の炬燵かな

猫柳道路に生えて新開地

ミュンヘンの木の芽の頃の雨の写真

春の日に立ち地下鉄へ下りてゆく

春日いま昃れる額の鉛筆画

挿ししよりひらきそめたる桃の花

春空へ砂なげ上げてあそぶ子ら

談さびし春の灯上にあり

春眠のさむればありぬ不二の額

のどかなる我生涯の一事件

春風や但馬守は二等兵

時折に春塵の立つ風情のみ

燕麦の滞りなき薄緑

芥子赤く柑橘畑に咲入れる

病士族柿の落花にあそびをり

部屋部屋にあやめを生けし客設け

ふるさとや昔めく身に苺皿

畷へと空とぶ竹の落葉かな

首あげて振りて荒瀬を蛇渡る

松山の松蝉なける御陵かな

飛行機の遅々と飛びゐる麦の秋

立ちて三保の松原日当れり

得られざりしこの静かさよの灯よ

短夜に孤り疲れてねむるかな

ゴホの絵も小さき庭も明易し

青芝に鋏やさしく横たはり

青芝のはづれに鋏横たはり

水道の口壁にあり金魚鉢

芭蕉葉にはつきり一つ蝸牛

芭蕉葉の裏に表に蝸牛

文鎮の如く芭蕉に蝸牛

青芝に石燈籠の影短か

鵜篝の煙隠れの焔かな

よく呑みし鵜のはばたかず手繰られて

脚ひらきつくして蜘蛛のさがりくる

なつかしき香風園の若き葛

倒れたる竹には葛の纏ひたる

見おぼえの葛見おぼえの竹倒れ

音も無く葛のみ騒ぐときのある

大衆にちがひなきわれビールのむ

病葉の歯朶にあたりて落ちにけり

文机にまつはりとべる夕蚊かな

衣の如七夕竹の吹かれたる

藪中にうすうす墓の見えて来し

殉死者の墓に怖れを抱きけり

夕月を見ればながむるわが心

夕焼のくまどつてをる潦

ふるさとは川の上手に月上る

紫苑揺るをりをり目にもとまらずに

秋かぜの浅間に雲のかかりたる

一点も無き蟷螂のまなこかな

秋水を引擦り這へるみみずかな

吾は竹を君は秋の灯見てゐたる

秋灯のくるしきまでに明るきに

老婆杖なくとぼとぼと秋風に

こほろぎの声の明瞭笑誘ふ

古庭に鋭き月の光かな

秋の日の消えたる下の畑かな

模糊として面して柳散る日かな

鳰いつも目覚めてをりにけり

柳散り乙女ら憩ひ我歩む

凩の消え門川のながれゐる

横たはる枯草堤大空に

空襲の夜明けて窓の雪あかり

冬シャツか死出の衣か知らねども

凍蝶にこだはり乍ら歩きけり

寒風の吹込んでゐるビルディング

ぴつかりと冬木の幹に光る脂

欅山ながら時雨の庭ながら

尾を垂れて鼠ののれる屏風かな

色刷の草花の絵とスキーかな