昔 おとこ 宮仕へしける女の方に
御達なりける人をあひ知りたりける ほどもなくかれにけり
同じところなれば 女の目には見ゆる物から
おとこにはある物かとも思たらず 女
天雲のよそにも人のなりゆくかさすがに目には見ゆる物から
とよめりければ おとこ 返し
天雲のよそにのみして経ることはわがゐる山の風はやみ也
とよめりけるは 又おとこある人となんいひける
むかし おとこ 大和にある女を見て よばひてあひにけり
さて ほど経て 宮仕へする人なりければ 帰りくる道に
三月ばかりに かえでのもみぢのいとおもしろきを折りて
女のもとに道よりいひやる
君がためたおれる枝は春ながらかくこそ秋のもみぢしにけれ
とてやりたりければ 返事は京に来着きてなん持てきたりける
いつの間にうつろふ色のつきぬらん君が里には春なかるらし