TopNovel>嘘つきSeptember・3




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「す、砂原、先輩っ……!?」
 すらりと伸びたシルエットを見たときに確信した通り、声の主はやっぱり先程の「ダンス部部長」だった。キラキラステージ衣装から制服に着替えてはいたけど、この人の醸し出すオーラって普通じゃない。思わず何歩か後ろに下がっちゃったわよ。
「フフフ、そんなに驚かなくてもいいじゃない。君とボクの間に、そんな遠慮は必要ないよ」
 これがまた、妙にリズミカルな口調。まー、指を鳴らしながら踊り出さなかっただけ良かったかも。う、遠慮しているわけじゃありませんから! ただただ、お近づきになりたくなくて引いてるだけ。
「ぶ、部活の練習はもう終了したんですか?」
 あれ〜、よく見たらいつもの「取り巻き」たちがいないよ? 何かとっても珍しい感じ。うーん、存在感を消してどこかに隠れているとか……別にそこまでする必要もないか。
「その通り♪ だから、かわいこちゃんを探してここまでやって来たんだ。大変だったんだよ、彼女たちの追跡を逃れるのは並大抵のことじゃないからね」
 あ、やっぱりまいてきたのか。だったら今頃、すごい騒ぎになっているんじゃない? それなのに、目の前の彼はその状況すら楽しんでいるって感じなんだもの。何だかなーって思っちゃう。
「そうですか、それはお疲れ様です」
 どうでもいいんだけど、出来ればあたしの進行方向を塞がないで欲しいの。すごく迷惑に思っていること、分かってもらえないのかな?
「おいおい、待っておくれよハニー。話はまだ終わってないんだから」
 強引に脇をすり抜けようと思ったら、素早く右腕を掴まれた。指先の力は結構強め、ちゃらちゃらしてても中身は普通に男の人だってことか。……いやいや、そんなこと感心している暇じゃなくて。
「な、何するんですか!」
 聞き返してもいいんだよね、こういう場合。いきなり片腕を拘束されるのって、かなりやばいことだし。それなのに、キラキラ男はあたしの必死の抵抗にも全然動じないの。
「またァ、そんな風に照れちゃって。可愛いなあ、君は。ねぇ莉子ちゃん、君って丸ごとボクの好みなんだ、困っちゃうくらいにね」
 ……は、はああああっ……!?
 何を言っているんだ、この人。おかしいんじゃないの、どこかで頭でも打ったとか? それとも変なものを食べて調子が悪いとか。
「イヤだなあ、照れないでよ。それじゃあ、ボクのありったけの愛を受け取ってくれるよね?」
 あの、それじゃあって……話が全然繋がってませんけどっ。でもって、言ってることもよく分からないんですけどっ。ええと、……ええと。これって、一体どういうこと!?
 そしたら先輩、掴んだあたしの右腕をそのままぎゅーっと引き寄せて。
「どうしたの、しらばっくれちゃって。ボクのハートを激しく打ち抜いておきながら、いまさら知らんぷりは酷いよ。ねえ、ボクのオンリー・ワンなカノジョになってくれるよね? OK?」
 うわっ、うわわっ……顔がっ、顔が近い! こんなところを誰かに見られたら、マジやばいって。それでもってあの背後霊、……もとい「取り巻き彼女」たちにちくられたら、その時は命の保障も出来ないわ。
「そっ、……そそそ、そのっ、困ります。あの、あたし……」
 ある意味では間違いなく「学園アイドル」な彼から告白されて、喜ばない女子はいない? ううん、そんなことはないよ。だって、話の脈絡もないし、訳分からないし。
「あたっ、あたし、先輩のこと何も知りませんし……それなのにいきなりそんな、無理ですっ!」
 力一杯否定して、その上掴まれていた腕も必死に振り解いた。そりゃ、当たり前の男子の力だから大変だったけど、まあ……いつも大王にやられているのに比べたら何でもないわ。……って、あたしはいつの間にかあの化け物のお陰で筋トレをしてたってこと!?
「えー、そんな。泣かせること言うなよ、ハニー」
 そういいつつも、彼は相変わらず余裕の微笑み。この人って自分が拒絶されるとか、そういうの絶対に認められないタイプなんじゃないかな。うわー、もしかしてすごく面倒な相手? でもなあ、これって絶対に担がれているとしか思えないよ。
「君の戸惑う気持ちはよく分かる、でもボクはどこまでも真剣だからね。その証拠に、これを君に預けるよ。明日の放課後、四時に小体育館で待ってる。君が来ないと部活が始まらないからね♪」
 その言葉と共に強引に押しつけられたのは、先程のラジカセ。今時、何が悲しくてカセットテープ、しかも馬鹿でかくて重いのなんのって。
「じゃあ、またね。ハニー」
 軽やかなステップを踏みながら、渡り廊下を去っていく背中。呆然と見送ったあとで、あたしは「指導室」へと戻った。もちろんその理由はひとつ、いきなり渡されたコレを鍵の掛かった場所にしまうためによ。

「ねえ、莉子ちゃん」
 ふたりっきりの「指導室」。目の前に座った楓さまは小首をかしげたポーズであたしを見た。
「何か、私に隠していることない?」
 ふと今気づいたようにさりげなく訊ねてくるけど、この人って侮れないから。眉間にわずかに皺を寄せて、悩ましそうな雰囲気を醸し出して訴えてきても、やっぱり信用しきれない。
「え〜、そんなことないです! 楓先輩に隠し事なんて、出来るわけありませんって」
 大王は今、理事長室に行ってる。どんな用件で呼び出されたのかは知らないけど、多分昨日のことが絡んでいるんだろうな。
「高宮の爺」っていうのは、一部の方々の間ではものすごい存在として恐れられている人みたい。あたしは詳しいこと何も聞かされてはいないんだけどね。大王や楓さまのお祖父さんに当たる人で、元警視庁のお偉方。この学園にはびこる「悪」を一掃するために、孫のふたりを送り込んだとか。学園長や理事長だって頭が上がらないんだって。
 ―― ま、あたしにとってはそんなこと、どうでもいいんだけど。
 ただいまの時刻は、午後三時四十分。この学園はやたらと仰々しい造りになっていて、しかも忍者屋敷みたいに道が入り組んでいる。四時に小体育館に到着するには、余裕を見て十分前にはここを出なくちゃ。そう考えているのに、楓さまが邪魔なのよ。自分だって生徒会副会長で多忙な身の上なんでしょ? 早く自分の持ち場に戻ればいいのに。
「……ふうん、ならいいんだけど」
 何だかなーっ、とっくに「素性」を知っているあたしの前で演技を続ける必要もないと思うんだけど。この人って、ほぉんとに変っ。上半身裸で胸ぺったんこなところを何度も見ているあたしでも、ついつい惑わされちゃうくらいだもの。
 いら・いら・いら。
 溜まりに溜まった書類の処理も一段落付いて、あたしはじりじりと目の前の人の動向を見守っていた。だけど、もう限界、タイムリミットだわ。
「えーっ、えっとぉ。あたし、今から体育館や校庭の巡回に行ってきます! また昨日みたいに小競り合いとかあると困るしっ、配置が上手くいってるかどうかを見てこなくっちゃ」
 前もって考えていた台詞を棒読みすれば、怪しさ満点ね。でも仕方ないわ、押しつけられたコレを戻してこなくちゃ。用事済ませたら、すぐに戻ってくるんだし。
「まあ! 気が利くのねえ、莉子ちゃんも。素敵、だんだん実行委員長が板に付いてきたんじゃない?」
 そう言って満面の笑みを浮かべてくれるけど、どこまでが本心なのかは分からないわ。まあいい、早いとこ行ってこよう。
 そそくさと立ち上がり、入り口近くのカーテンの影に隠してあった例のラジカセを持ち上げる。動かない証拠を手にして振り向くと、楓さまは先程までと少しも変わらない笑顔のままで手を振っていた。
 
 高校の文化祭って、どこもこんなに盛り上がるものなのかしら。
 あたしは今年が初めての経験だし中学校にはこんな催しなかったから、ただ唖然。呆気にとられているって感じなの。もちろん、中にはウチのクラスみたいな例外もあるけどね。
  演劇部の舞台は腰が抜けるくらい本格的で、フィナーレには宝塚劇団みたいな階段も登場するんだって(何処に隠しているんだ、そんなもの)。一度、大道具を作っているところを見に行ったけど、まるで戦場みたいな大騒ぎだったわ。
  映画部も手の込んだ自作ムービーを作成。どこから借りてきたんだか、本物の撮影用みたいなカメラや音響がセットされていて、どこかのTV局が入り込んでいるのかと思っちゃったわ。水泳部は特設の水槽で水中ショーをやるって言うし、一体何を考えているのやら。
  まあ、そんな中ではあたしが無理矢理所属させられている華道部は、部員それぞれの作品展示と体験コーナーというまともな内容でホッとした。部長である楓さまは生徒会の副会長もやってるから、忙しいしね。あたしも作品を仕上げなくちゃいけないみたいだけど、そんな暇はあるのかなあ。
 でも、でもね。
 ここの文化祭、本当の「目玉」は各クラスや団体の出し物じゃないらしいんだよね。あたしも詳しいことは知らないんだけど、最終日に全てが終了したあとに校庭で火を焚いてフィナーレのダンス・パーティーがあるんだって。情報のソースはおなじみクラスメイトの早紀、だからかなり信憑性があると思うよ?
「何でもねー、ラストダンスを一緒に踊ったパートナーとは結ばれる運命にあるんだって! だってウチのパパとママもそうだったって話だもん、間違いないって」
 えー、それって何て鹿鳴館! だけど、あり得るよなあ……あたしたちの親の頃はここは男子校だったはずだけど、文化祭の時だけは近所のお嬢様学校の女子生徒たちがやって来て「集団お見合い」の場と化したとか。全く持って、すごい世界だわ。
  うーん、確かに憧れるシチュエーションではあるわね。けど、今年はそれどころの騒ぎじゃないし、気がついたら全てが終わっていそうな予感がする。だから最初から期待しないようにしてるんだ。うん、今年はね。そう言うことよ。
 入り組んだ廊下をあっちこっちに移動していると、行く先々で何かを打ち付けるトンカチの音がしたりのこぎりをひく音がしたり。とにかくすごく賑やかなの。お化け屋敷とか立体迷路とか鏡の部屋とか、そういうのやっちゃうクラスもあるしねー。墓石に担任の先生の名前を書いちゃうのって、大丈夫なのかしら。
「あ、代理だ。実行委員長代理が歩いてる!」
 そして、あたしもえらく目立っているみたい。もともと茶髪にくるくる巻き毛、日本人離れしたバタ臭い顔立ちと他の生徒とは相容れない外見で知られているけど、この役職を押しつけられてからは尚更よ。
「委員長代理! すみません、釘が足りなくなっちゃったんですけどーっ。そう言うのって、どうすればいいんですか?」
「暗幕の追加もお願いしたいんです、まだ余ってますかね」
「出来れば、閻魔には内密にこっそりとお願いできたらと思うんですけどーっ」
 はいはいはい。あのね、あたしは便利屋とは違うんだって。でもいちいち説明するのも面倒だし、問い合わせが多くなれば適当に流すしかないのね。
「えっとー、お金のことは所定の用紙で申請してください。問題がなければ受理しますから。それから備品は生徒会にお願いします、あちらで一括管理してますから詳細はよく分からないんです」
 みんな忙しいし面倒なんだよね、わざわざ「指導室」まで来るのが。しかもあそこには奴がいるし。そう思うと自然と足が遠のくものなんだと思うの。いくら「風紀委員長」とか言ったって、ただ恐れられるだけじゃ駄目だと思うんだけどな、まああの姿と性格だったら仕方ないか。
 
 そうこうしているうちに思いがけなく時間がかかってしまい、ようやく渡り廊下に出た頃には約束の時間を過ぎていた。あたしはラジカセを抱え直すと、目的地へひた走る。引き戸が大きく開いたままの小体育館、その中からはリズミカルなかけ声と共にステップを踏む音が響いていた。
「やあ、莉子ちゃん。待ってたよ!」
 うわ、うわわ。そんな風にいきなり両腕を広げて大歓迎ですかっ。レディーたちの視線が一斉にこちらに向いて、すごく恐ろしいんですけど。
「さあ、入って入って。是非、練習風景を見ていって欲しいな。ほら、特等席だって用意してあるよ」
 そう言いながら、砂原部長は部屋の隅に置かれていたパイプ椅子を持ち上げて見やすい位置まで移動してくれる。ぎゃあ、そんなことしたらますます彼女たちの視線がっ。あたし、これでもすごく小心者なんですから。こういうの、苦手なの。
「い、いえー。残念ですが、あたしも色々と忙しいので。こちらをお返しして失礼しますっ!」
 うっわー、もう逃げるしかないわ! そう思って、そそくさと立ち去ろうと思ったのに。すぐにキラキラ部長があとを追ってくる。ひいいっ、どうなってるの! いい加減にして〜っ!?
「待ってよ、ハニー。せっかくこうして巡り会えたのに、もうお別れかい?」
 渡り廊下の半分くらいまで戻ったところで、もう追いつかれちゃった。そして、またも大袈裟なパフォーマンス。上半身を大きくひねって嘆きのポーズを取らないでよっ。
「いえ、お別れも何も……あたしはただ、あのラジカセを渡しに来ただけで」
 何かのギャグのつもりなら、いい加減にして欲しいんだけどな。そろそろ大王が戻ってくると思うんだよね、またチクチクやられたら面倒だ。
「……莉子ちゃん……」
 そしたら。今まで目の覚めるような名演技を繰り広げていたはずのダンスの王子様が急に真顔になる。潤んだ瞳を震わせて、あたしをじーっと見つめるのよ。
「君には、……君だけには分かって欲しいんだ。誰も知らない本当のボクを見て欲しいな」
 こういうときって、大声で笑っちゃっていいものなの? だけど、あたしにはどうしてもそうは出来なかった。だって、本当に吸い込まれそうな綺麗な眼差し。乙女心をきゅんきゅん刺激されちゃうの。
「あっ、……あの……」
 あっちの扉の影、向こうの茂み、ありとあらゆる場所に張り付いている無数の視線たち。だけど、たぶんあたしたちの会話は彼らの耳には届いていないはず。それまではオペラ歌手もびっくりの大音声でわめき立てていたはずの人が、急にマジになるなんて。
「練習が終わった頃にもう一度来て、そうしたらふたりっきりで話せるはずだから」
 そんな約束なんて出来ませんって、断ることはどうしても出来なかった。あたし、そのときはもうすでに囚われていたのかも知れない。

 

つづく♪ (090909)

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