TopNovel>嘘つきSeptember・8




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 墨汁を塗りたくったみたいな真っ黒の空まで届きそうに高く揺らめき立つ火柱。それを取り囲むように、片付けを終えた制服姿たちが集まってくる。一部、仮装行列のままみたいな生徒もいるけど、不思議なくらい場に馴染んでいるのね。
 伝統ある学園の文化祭二日目最終行事は華々しい「ダンス・パーティ」……って、ちょっと違うんじゃない? 流れているのはみんな知ってるフォークダンス・メロディだし、あれ? あれれ? 誰よ、売れ残りの串団子とか焼いてるの! どんど焼きじゃないんだから、いい加減にして!
「―― なんだ、大人しいな」
 嵐のような二日間が通り過ぎて、完全に放心状態のあたし。賑わいから遠く離れた中庭の植え込みでボーッとしていたら、いつの間にか大王が隣にいた。
「さっきまでの元気はどうした? 拡声器なしでも平気なくらいの盛り上がりだったぞ」
 そう言うコイツはいつもと全然変わらないのね。学園校内がいつになく華やいでいる二日間も普段通りの仏頂面で、一日中あっちの校舎こっちの校庭と巡回に励んでいた。
  あたし、思ったんだけどさ。「ウォーリーを探せ」ならぬ「閻魔大王を捜せ」って出し物をやったら、結構盛り上がったんじゃないかなあ。発見したら写メを取って送るの、もちろん本人に見つかったら大変だからこっそりとね。ああ、楽しそう。
「あ、あたしは大王と違って生身の人間なんだから、それなりに疲れたりもするんですっ!」
 とか言いつつ、完全に舞い上がってたよなあ。思い起こすと自分でも恥ずかしくなるくらいの勢いだったわ。「文化祭実行委員長代理」のたすきを斜めに掛けて会場を行けば、どのクラスからも団体からも熱烈な歓迎を受ける。そう言う現象は準備期間から少なからずあったけど、やっぱり当日の弾け方って半端じゃないの。
  クイズショーの回答者になったり、ゲームアトラクションに片っ端から参加させられたり、縁日の屋台で金魚すくい競争もやったわ。
  人波をかき分けるだけだって大変、あたしは身長が足りないからすぐに埋もれちゃうし。昔からの学校だから、毎年楽しみにしてくれている近所の方や同窓生もたくさん来場されて、お年寄りからよちよち歩きの赤ちゃんまでバーゲンセールのデパートよりも大賑わいだったと思う。
  柔道部の「肩車三十分五十円」とか山岳部の「構内をおんぶで一周」とかにもちゃんと需要があったんだな〜って納得。山岳部の方にはおじいちゃんやおばあちゃんの行列が出来ていたわ。来年はウチのお祖母ちゃんズも呼んであげようかな。
「完全に浮かれすぎだ、もう少し立場というものを考えろ」
 ま、仰ることはもっともですけどっ。どうしてまあ、この人は「お疲れ様」のひとことも言えないのっ。人をいたわる気持ちが欠落していると思うわ。
「……分かってますから、わざわざご指摘いただかなくても結構ですっ!」
 あ〜っ、やっぱりあたしって可愛くないな。
 
 あれから。
「御用」になったコースケ先輩に下された処分は、一週間の自宅謹慎。でも呼び出しを受けた両親の意向で海の向こうの学校に転校(この場合は「留学」になるのかな?)することになったんだって。
  まあ、これも良くあるパターンね。ずたずたにされた自尊心で学園に戻ってこられる強者ってまず存在しないもん。春からこっち大王に「御用」された片手に余る人たちは、あたしが知ってる限りひとりも帰って来ないわ。う〜ん、学園が浄化されるのはとてもいいことだけど、何だか「面白味」がなくなっていく気もするなあ……。
 
「そう言えば、『新生ダンス部』のステージは見たか? なかなか好評だったようじゃないか」
 キャンプファイヤーの周りでは、まだ「どんど焼きパーティ」が続いてる。マシュマロを焼いてとろっとさせたのは美味しそう、でもあんパンを黒こげにするのはいただけない感じ。
 それにしても、日が落ちると涼しいなあ〜。昼間はまだまだ汗ばむくらいなのに、やっぱ「秋」が確実に訪れてるってことかな。
「もちろんです、剣道ダンスと一緒に楽しませてもらいました! ……さすがに、ちょっと驚きましたけど」
 そうそう、聞いてよ! あの剣道部の菅野って先輩。実は元・ダンス部員で例の「どこにいるのか分からない音響担当者」だったの。ある日彗星のごとく現れたコースケ先輩に振り付け師兼メインダンサーの座を奪われて途方に暮れてたときに、剣道部からのスカウトが来たとか。
  中学まで剣道一筋で有段者だって身の上で、いきなりダンス部に転向もすごいわよね。どう考えてもふたつのカテゴリが一致しないでしょ。だからって、文化祭の出し物まで「剣道ダンス」はないわよねえ、確かに会場は大受けだったけど、あれって何か間違ってるよ。
 まー、せっかく心配してくれたのに、申し訳ないことをしてしまったかなとは思ってる。でもあのときは仕方なかったんだもの。大きなことをやり遂げるためには多少の犠牲は必要なの。それに、菅野先輩もコースケ先輩に負けず劣らず格好良かったよ。すっごくときめいちゃったものっ!
 あとね。いつだったか、あたしが小体育館に入ろうとしたときにコースケ先輩とやり合っていた先輩。彼女は菅野先輩の元カノだったみたいよ? コースケ先輩に乗り換えたのは良かったんだけど、実は自分以外にも「自称彼女」がてんこ盛りにいることに気がついて修羅場になったんだとか。
  あ〜、恐ろしい話よね。実際に被害を受けるまでになった女子生徒は一握りって話、でもこのまま続いていったら大変なことになってたわ。ただの胃薬のことを怪しげな媚薬だと信じ込まされて、それを手に入れるためにとヤバイ方向に走りかけた子もいたとかいないとか。
 は〜っ、とても他人事とは思えない話だわ。
 今回のあたしは最初から分かってて騙された振りをしてたから良かったけど、コースケ先輩のことを心から信じていた女の子たちはこの先しばらくは立ち直れないだろうな。あたしも過去にそういう経験あるしね、信用していた人間から裏切られるのってかなりのダメージだよ。
「……ダンス部、元通りになるんでしょうか? まさか、廃部とかそういう措置はとられませんよね?」
 一皮むけばどんなにどろどろだったとしても、踊っているときの彼らはとっても素敵だった。きちんと練習すれば、今後は競技会とかそういうのにも参加できたりするんじゃないかな。今まではコースケ先輩が私腹を肥やすことに忙しくて、そっちまでは手が回ってなかったみたいだし。
「ま、そこまでのことはないだろう。諸悪の根源は砂原だった訳だし、―― だが」
 大王はそこまで言いかけて、言葉をぷつっと切った。何というか、ちょっと納得いかないみたいな、そんな感じで。
「まだ、何かあるの?」
 間髪入れずに聞き返したから、もしかしたら何か話が聞けるかと思った。でも、大王はそれ以上を話すつもりもないみたい。
「別に、何もない」
 顔には出てないけど、たぶん内心では「しくじったな」とか思ってるんだよ。あ〜、やだな、そういうの。やっぱ、あたしってまだまだ信用されてない?
「だいぶ盛り上がって来たみたいだな、そろそろお開きも近いか」
 おもむろに立ち上がって、急に話を変えたりする。いいもん、そんな風にしてるなら。あたしだって、これからも勝手にやらせていただきますっ。
「うん、でも別にあたしは出て行かなくていいんでしょう?」
 つい数時間前、ようやく出校停止が解除になった本物の文化祭実行委員長が現れた。今までの詫びを言った彼は、あたしから仕事の全てを引き継いだってわけ。それなのに「残務処理は手伝って欲しい」って、言うことが滅茶苦茶だよ。
「どうしても出て行きたいなら、俺は止めないが」
 いやいや、もう結構です。昼間で全ての体力精神力は使い果たしちゃったし。滅茶込みの中で人酔いしすぎて、もうあの雑踏の中に出ていくのも勘弁させて欲しい。
 ―― あ、そうだ。
 人気のない中庭の茂み。覗きのように怪しげな行動を取っているあたしたち。ムードも欠片もない状況で、急にあることを思い出した。
 
 文化祭フィナーレのダンス・パーティ。そのラスト・パートナーになった人は……。
 
 まさかね、ってすぐに思い直す。だって、今あたしの隣にいるのは長髪で黒ずくめの化け物。伝説のロマンチックにはほど遠いじゃない。ああ、別にいいわ。今年は最初からそのことは諦めているし、ここは腹を据えて来年以降に持ち越しするの。それに丸一年かけて準備したら、かなり期待できそうだと思わない?
「踊るか?」
 それなのに、何故か奴はあたしに手をさしのべて来たりする。え〜っ、冗談! そんなに物欲しそうな顔してた? ノンノン、遠慮しときますってば。
「踊るって、……だってこれ、オクラホマ・ミキサーでしょ?」
 ふたりきりじゃパートナーチェンジも出来ないよ。だからといって、今更あの人の輪に入っていくのも悪目立ちしそうで嫌だし。それにしても、いつ聴いても妙に恥ずかしい曲だよな〜。火の周りの皆さんがすごく楽しそうなのも不思議な気分。
「お前のことだ、おおかた踊り方を忘れたんだろう」
 あーっ、またそんな言い方する! 人のこと、馬鹿にしてっ。どうして大王はいつもそうなのっ、いい加減にしてよ!
「そっ、そんなわけありませんっ! フォークダンスくらい、あたしにとっては朝飯前ですから。少なくとも、大王の百倍は上手に踊れます!」
 とりあえず、ダンスのステップではコースケ先輩に太鼓判を押してもらったし。……ま、あの採点がどこまで信用できるかは分からないけど。
「そうか、では試してみよう」
 えーっ、何それ! 勢いで立ち上がったあたしの背に大王の腕が回って、き、気がついたら音楽に合わせて身体が動いてるっ。ちょ、ちょっと待って。何であたしが化け物なんかとダンスを―― 。
 無駄に大音響なスピーカーは、中庭の茂みまで軽快なメロディを届けてくれる。月明かりに長く伸びた二つの影は、どう見ても格好良くないステップを踏みながら進んでいく。誰も見てないんだからいいけどさ、何だかこれって五十年くらい経っても恥ずかしく思い出せそうな出来事だよ。
「……いたっ!」
 ぎゃあっ、いきなり足を踏まれたし!
「何やってる、間違えたのはお前の方だ」
 その上、謝る気もナッシング。信じられないっ、もうコイツって、コイツって!
「あのねーっ……」
 何か言い返してやらなくちゃ、そう思って口を開いたところで曲が終わる。
 最後まであたしの手を握りしめたままだった相手のこと、絶対に記憶から抹殺してやる! そう心に強く誓った、今年の文化祭フィナーレだった。

 

おしまい♪ (091007)
ちょこっと、あとがき >>

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